本研究は,製品やサービスの物質的・金銭的価値ではなく,その使用や保有といった経験が有する価値である経験価値を評価するための尺度を構築し,その有効性に関して検討を行うことを目的とする。その際,価値の高い経験を,個人にとって重要な意味をもつ自伝的記憶として対象化し,心理学における記憶研究の手法を応用することで,その性質や役割も含めて検討を行うこととする。これらを達成するために,2023年度は以下の研究活動を行った。 まず,昨年度までにテキストマイニングも含めて解析を進めていた経験価値に関する自由記述結果に基づき,39個の経験価値の高さを評価する項目を作成した。これらの項目を用いて,過去の価値の高かった経験を評価する調査を,1000名を対象にオンラインで実施した。評価結果について最尤法・プロマックス回転による探索的因子分析を行った。その結果,21項目で構成される5因子構造が妥当であると判断し,適合度も良好な値を示していた。5因子の下位尺度はそれぞれ「満足」,「ギフト」,「アイデンティティ」,「審美性」,「親密性」と命名された。次に,この尺度の基準関連妥当性を検証するため,関連すると考えられる複数の尺度との相関関係について検討を行った。調査はオンラインで実施され,600名が参加した。各尺度の得点から相関分析を行った結果,各尺度と,ほぼ全ての下位尺度の得点が仮説通りの相関関係を示したため,この自伝的記憶に基づく経験価値尺度の基準関連妥当性が高いことが確認された。 研究期間全体を通じて実施した研究の成果として,妥当性の高い自伝的記憶に基づく経験価値尺度が作成された。特筆すべき点として,これまでの経験価値尺度でほとんど考慮されてこなかった,製品やサービスを通じた経験が消費者のアイデンティティの確立への貢献が,経験価値を測定する重要な要素として明確化されたことが挙げられる。
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