本研究の目的は、国際会計基準 (IFRS) の任意適用が会計実務に与える影響と利益調整との関係、およびその経済的帰結を検証することである。近年、グローバル化の影響を受けて各国の会計基準の統合化がIFRSを中心に急速に進んでいる。こうした世界的な流れを受け、日本においても2010年3月期からIFRSの任意適用が可能になり、2018年10月12日現在195社がIFRSを任意適用済または適用を決定している。 しかし、単一の世界標準の会計基準を多くの国や法域が適用したとしても、会計情報の比較可能性は必ずしも高まらない可能性がある。会計実務は、その作成者のインセンティブの影響を受ける。したがって、作成者のインセンティブに影響を与える国や法域の制度的環境が変わらなければ、企業の会計実務も変わらないはずだからである。海外ではこの種の仮説を支持する研究が行われているが、日本企業を対象とした研究蓄積はまだない。また、経営者の会計選択は利益調整行動を伴う場合が多いものの、この観点からの研究蓄積もない。そこで本研究はIFRSを任意適用する日本企業の会計実務の実態を確認し、利益調整行動との関係の実証研究を行う。本研究は、利益調整行動が観察される場合にはその経済的帰結に与える影響も検証する。 令和4年度には,IFRS任意適用の帰結の検証として、日本企業がIFRSを初度適用する際に開示する“調整表”に着目し、日本基準とIFRSの差額を投資家がどのように評価しているかを分析した。分析の結果、IFRSと日本基準ベースの純資産の調整額は、日本基準の会計数値に対して追加的な価値関連性を有さないこと、IFRSと日本基準ベースの純利益の調整額は、日本基準の会計数値に対して追加的な負の価値関連性を有すること、また4つの会計基準(のれん、収益認識、税効果、および減損)は、追加的な正の価値関連性を有することを発見した。
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