本研究は、第1に、多文化社会化の進む地域社会におけるカタストロフィと排除・差別の複合経験とはどのようなものであるか、第2に、この経験を踏まえた多文化共生論の再構想はいかにして可能となるのかという課題を掲げて遂行された。計画構想当初のカタストロフィの経験として、阪神・淡路大震災に表される巨大災害を念頭に置いていたが、遂行の過程で新型コロナウィルスの世界的流行という事態に見舞われ、調査内容の変更や遅れを余儀なくされた。だが改めて、この研究期間の実績を振り返ると、上の問いを探究するための理論的・方法論的な知的貢献のみならず、港湾都市・神戸を軸においた歴史的空間的な視座をもった批判的モノグラフを複数提出できたことは、本研究の成果といえる。 理論的貢献としては、社会学的/人類学的想像力に関する理論と「当事者研究」の成果も踏まえた、人間の「魂」の水準から社会問題と社会構想を思考する批判的視座を著してきた。方法論的貢献としては、「日常性」のフィールドワーク論を踏まえながら、視る/聞く/歩く/想像するという行為を具体的に据えて、既存の「まちあるき」の軌跡を反省的に捉え直すという、認識論と関わりを強調して著してきた。これらの理論と方法(現場認識)に基づくことで、複合経験を歴史的空間的に扱う為の、複数視座を準備できた。 よって、本研究期間中に著された経験的モノグラフは、カタストロフィの経験として、阪神・淡路大震災に限らない災害(コロナ禍、水害等)、また戦争体験といった複数の出来事を同時に包含する観点が、排除・差別の経験としても単一のアクター(例:在日コリアン)に限らない複数のアクターの経験を含み込む複数視座を同居させることを可能とした。ひとつの都市を考察する際に、こうした社会把握・記述を可能としたことが本研究の最大の成果である。第2の問いについては展開不十分となったため、今後の課題としたい。
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