研究課題/領域番号 |
19K14022
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研究機関 | 武庫川女子大学 |
研究代表者 |
北 順子 (宮野順子) 武庫川女子大学, 建築学部, 准教授 (30733711)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2023-03-31
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キーワード | 無届け老人ホーム / 高齢者グループリビング / 有料老人ホーム / サービス付き高齢者向け賃貸住宅 |
研究実績の概要 |
本研究では「無届け老人ホーム」を社会ニーズに対する民間の自発的な応答と捉え、「住宅」と「施設」の境界領域に存在する単身高齢者の住まいの実態から、そのあり方を物理的環境 (面積、消防設備等)と人的環境(居住者相互の関係、運営者・支援提供者との関係)および制度設計(介護保険法、賃貸借契約等)の観点から検討し、新たな枠組みを提案することを目的として調査を進めた。その結果、指導指針への適合を画一的に求めない厚生労働省の指導指針と反し、各行政庁単位での指導状況をみると、一律基準への適応を求め、柔軟性を欠く現状があきらかになった。具体的には、食事の提供や確認の方法など、一方的に支援を提供するスタイルしか許容しないものであった。居住者同士の相互扶助を想定せず、居住者のプライバシーへの配慮に欠く側面が見られた。 同時に、「無届け老人ホーム」の運営者、居住者自身も希求する「自由な暮らし」には、一定の居住限界が存在していることを認識していることを、これを質的調査により確認した。居住限界は必ずしも認知症の発症とは限らず、居住者相互の些細な配慮にて居住継続が可能になっており、居住者同志の関係性により延長されることが明らかになった。 これらの結果を踏まえ、一律な「老人ホーム」の制度として、庇護するべき対象として居住者を捉え運用し、一方でそこに馴染まない住まいを「無届け」と扱うのではなく、多様な高齢者の住まいとしての「老人ホーム」およびその周辺について、居住者の能力や権利を段階的にあるいは幅があるものとして位置付け、制度設計につなげていくことが求められる。今後は、より具体的な制度設計に繋げるべく、調査結果を検討し、考察を深めたい。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
研究計画書では、3ヶ年に渡り、10カ所の訪問調査を予定していたが、すでに信頼関係が構築できていた研究協力者との共同により、初年度は、9カ所の無届け老人ホーム等の運営者に対し、事前に質問紙調査に回答を得た上で、訪問し、半構造化インタビュー調査を行った。その結果、厚生労働省は、民間の創意工夫を阻害するような、指導指針への適合を画一的に求めることはないと通知は出しているが、各行政庁単位での指導状況をみると、一律基準への適応を求め、柔軟性を欠く現状があきらかになった。 一方、その指導監督を行う担当行政庁への調査も企画していたが、新型コロナウィルスの影響により延期になった。 2ヵ年度には、新型コロナウィルスの影響が明白に出ている現状を受け、初年度、訪問調査を実施した対象6事業所およびすでに関係構築ができている4事業所を加え10事業所に、追加で現状を問うアンケートおよびインタビューを実施した。このとき、無届け老人ホームでは、運営者、居住者自らが一定の居住限界が存在することを認識していることが想定されたため、焦点を当てた内容にした。 アンケートでは、前調査時点からの居住者の変化(入退去および要介護度の変化)、要介護の居住者の入居時からの状況の変化、入居者の居住意向等を確認した。インタビューでは、新型コロナウィルの状況を踏まえながら、対面もしくはオンラインにて進めた。 その結果、居住者の自由な暮らしを希求する無届け老人ホームの居住者が認識する居住限界は、必ずしも認知症の発症とは限らず、居住者相互の些細な配慮にて居住継続が可能になっている事例も見られ、居住者同志の関係性が影響していることが明らかになった。
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今後の研究の推進方策 |
実施したアンケートおよびインタビューについて、一次報告は完了している。より内容を精査し、日本建築学会住宅系論文報告集、ISAIA(アジア圏建築交流国際シンポジウム)、建築学会計画系論文集への論文投稿を行う予定である。 これらの論文の中で、現在の厚生労働省の指導指針はあくまで、緊急的に高齢者が不利益を被ることを回避するための暫定的な取り扱いであると考える。 本来的に「住宅」と「施設」の境界領域に存在する単身高齢者の住まいについて、そのあり方を物理的環境と人的環境および制度設計の観点で整理し、新たな枠組みを提案する必要があり、これを提示する。また、これらは、ハード面だけで実現できるものではないことから、さらに領域横断的に社会福祉や政策的な提言につながるような媒体での研究発表を検討する。 本研究の対象は、高齢の居住者が相互扶助を行いながら、高齢期の自由で自立した生活をおくるという観点で、居住者の共同性のある住まいと位置付けられる。これらは、オルタナティブハウジングとして、世界的に萌芽が見られる住まい方の一つである。特に文化的背景を共有し、同様のあるいはさらに劇的な未婚化、少子化の進行が見られるアジア圏でもさまざまな取り組みが進められている。国際学会での発表を進め、実践的および理論的な枠組みについての国際的な研究交流をすすめ、さらに新たな視座を得ていく。また、この観点では、居住者を高齢者だけに限るもの、シングルペアレントなどの世代交流が図れるものなどの実践が始まっている。実践段階で生じる課題を中心に、今後視野を広げていきたい。
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次年度使用額が生じた理由 |
当初予定している論文投稿費について、投稿が未済なので、執行できていない。今年度執行予定である。
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