本研究は、「多元性(plurality)」という観点から、差異を持った個体同士が関係しあうことが持ちうる創造的な意味について、臨床教育学的観点から理論的・ 質的に検討することを目的とするものである。本研究では、次の2つのアプローチ、 a) 心理学的類型論の形で、 人間存在の「多元性」を分析した思想家の理論の比較検討、 b) 治療関係における対称性をめぐる検討、を通して考察を行っている。 本年度は、b)の課題について考察を進め、全体のまとめを行った。「治療関係における対称性」の考察にあたって、哲学者M. ブーバーが人間の根本的な人間関係の一つとして治療関係に並んで挙げている、”教育における教師と生徒の関係”に着目し、前年度・今年度を通じて、いくつかのオルタナティブな教育実践(シュタイナー学校、サドベリースクール、学校法人きのくに子どもの村学園、伊那市立伊那小学校、ドルトン東京学園、箕面子どもの森学園)を取材し、これらの実践の異同を検討した。いずれの実践も、一般的な教育観とは一線を画し、児童生徒の存在や意志の力を教師が深く尊重するという、従来の非対称的な教育関係とは異なる関係性をベースにしているが、各学校への取材調査を通じて、多元性を維持しつつ、人間関係を構築する中で個々の成長を目指す人間観のモデルを抽出することを試みた。この研究成果は、熊本大学教育学部の苫野一徳氏、東京理科大学理学部の井藤元氏との共同研究で書籍としてまとめ、令和5年に日本能率協会より教育観を磨く 子どもが輝く学校をめぐる旅』(共著、日本能率協会マネジメントセンター)として出版された。
|