研究課題/領域番号 |
19K14086
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研究機関 | 筑波大学 |
研究代表者 |
平井 悠介 筑波大学, 人間系, 助教 (20440290)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | 熟議民主主義 / 価値としての政治的妥協 / 公/私区分論の再審 |
研究実績の概要 |
2010年代以降の熟議民主主義論の展開とその背景的意味の分析を課題とした本年度の研究成果は3点ある。第一に、単著論文「市民教育と妥協の精神―エイミー・ガットマンの熟議民主主義的教育論の教育思想史的再読―」(『近代教育フォーラム』第28巻、2019年、39-50頁)を公表した。第二に、「多様化する社会におけるシティズンシップ教育の比較研究プロジェクト」(東京学芸大学国際教育センター)研究集会にて、「2010年代のリベラルなシティズンシップ教育論の動向―社会統合論への傾斜―」と題する研究発表を行った(2019年12月、於:明治学院大学)。第三に、「熟議的転回後の民主的市民形成論の課題:公/私区分論の再審に向けて」と題する発表を、筑波大学人間系コロキアム(2020年2月、於:筑波大学)にて行った。 公表論文では、熟議民主主義論の代表的論者であるガットマンの2000年代中葉から2010年代の政治的妥協論と大学論を分析し、1990年代の熟議民主主義論の規範性が、2010年代の社会の分断化を前に、薄らいでいること、またそれが、社会統合論への傾斜という理論的戦略とみなされることを明らかにした。また、ガットマンに対するミッシェル・ムーディ-アダムスの批判を分析し、政治・法哲学分野で政治的妥協論に市民教育論を組み込むことが必要であると主張されていることを確認した。 本論文に対し、批判論文(関根宏明「同時代のテクストに向き合うことの困難と可能性」『近代教育フォーラム』第28巻、2019年、60-66頁)にて、政治的妥協論の価値の吟味の点で課題が残されていることが指摘された。それは、ガットマンの政治的妥協論を共著者デニス・トンプソンの影響という観点から分析すべきこと、また、J. S.ミルの妥協論をはじめとした思想史的に蓄積された妥協論を分析し研究を精緻化する必要があるとの自覚を促すものとなった。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
2019年度の研究課題の第一小課題は、ガットマンが2010 年代に展開した政治的妥協論とその批判を、政治哲学研究から抽出、対立点を分析し、熟議民主主義論における妥協の価値を分析すること、第二課題は、2000 年代以降2010 年代にかけ、英米圏のリベラル派論者が分断社会における社会統合を目的に、熟議民主主義およびシティズンシップ教育論を展開するなかで、その批判者がいかなる批判点を提示しているのかを析出することであった。 上記「研究実績の概要」に示すとおり、研究の進捗は概ね順調である。提示された批判論文の批判点も、政治的妥協論への着目が熟議民主主義の実現に向けた戦略的傾向性であるという結論を崩すものではない。むしろ、政治・法哲学分野においても、政治的妥協の価値を高めるために、市民的エートスの醸成について議論されるべきだと認識されていることがあらためて確認された。 それゆえ、2019年度後半では、2020年度に予定している公教育領域と私教育領域を架橋するシティズンシップ教育モデルの構築に向けた課題の析出という課題にも取り組みはじめ、主に2010年代以降の親の教育権をめぐるリベラリズム論者による論考の分析にも着手した。 その成果の一部公表は、上記の2020年2月のコロキアムでの研究発表において行った。具体的には、親の利害と子どもの利益の調整の論理の構築を図っているリベラル派の教育哲学者マシュー・クレイトンの「子どもの養育における正義」論、およびクレイトンに対するデニス・アルジョの批判を検討し、リベラリズムの立場から普遍的・中立的な原理を子どもの教育・養育の議論へと適用しようとする論には、論理的欠陥があることを、つまり、私的領域での子どもの教育・養育は、公的領域での教育と同一論理で語ることはできないという欠陥が内包されていることを明らかにした。
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今後の研究の推進方策 |
2020年2月の発表により明らかにしたリベラリズム論者による子どもの養育の正義論が抱える課題を起点としながら、2000年代以降のリベリズムの子どもの養育における正義論とその批判の分析を進める。リベラリズム論者は有力な論の提出にいまだ成功していないが、公/私区分論を乗り越えようとする動きが出ていることは確かである。関連する著作、論文は2019年度に一定程度入手しているため、関連性を探りながら、分析を進めることを当面の課題とする。同時に、熟議民主主義の実現にとって重要であると考えられる相互尊重という徳の育成が、そもそも私的領域でなされ得るか、という問いも立て、その妥当性の検証も行う。その成果は、年度後半に学会での発表を目指す。
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次年度使用額が生じた理由 |
支払の際に16円の端数の残額が生じたが、ほぼ予定通り使用している。残額は翌年度に合算して物品等(研究資料)の購入にあてる予定である。
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備考 |
「熟議的転回後の民主的市民形成論の課題:公/私区分論の再審に向けて」と題する研究発表を行ったことが、報告として記載されている。
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