研究課題/領域番号 |
19K14086
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研究機関 | 筑波大学 |
研究代表者 |
平井 悠介 筑波大学, 人間系, 准教授 (20440290)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | 高等教育における民主的教育 / 熟議民主主義と市民的徳の育成 / 公私区分論の超克 |
研究実績の概要 |
2020年度は、公教育領域と私教育領域を架橋するシティズンシップ教育モデルの構築に向けいかなる原理的課題が考えられるかの分析に研究の主眼に置いた。この分析に際して二つの小課題を設定した。第一に、熟議民主主義の実現に向けた哲学的議論の中で戦略的に着目・評価されている政治的妥協論を、シティズンシップ教育の教育目標の議論といかに結びつけていくかを考察することである。第二に、現代の公教育と私的教育ニーズの対立問題を調整しうる新たな公教育モデルの構築の可能性を探究することである。その研究成果は2点である。 第一に、単著論文「高等教育における議論を通じた学びと民主主義の再興の可能性」(教育思想史学会『近代教育フォーラム』第29号、pp.53-59, 2020年)を公表したことである。第一小課題とかかわり、民主主義社会の構築に求められる公共的意識を議論をすることを通じて醸成できないのか、という問いへの教育哲学的議論を、高等教育の文脈で分析した。 研究成果の第二は、第二小課題に関連した英語による学会研究発表 "The Challenges of Civic Education Toward the Realization of Deliberative Democracy: Rethinking About Dichotomy Between Public and Private in Liberal Arguments,"(日本教育学会第79回大会、2020年8月、オンライン開催)である。2019年度後半から開始していた第二小課題について、政治・教育哲学におけるリベラル派論者が、2000年代後半以降現在までに、公正・正義の観点から私的領域における教育と家族の価値についていかに議論しているかを、M.クレイトンと、H.ブリッグハウス&A.スウィフトの論の比較を通して明らかにした。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
第一小課題、政治的妥協論のシティズンシップ教育論への接合については、単著論文において、民主主義の健全化を志向するラーニング・コミュニティ論(LC論)を批判する文脈で論じた。2019年度研究では、政治的妥協が熟議民主主義との関係の中で価値づけられたことを、社会の分断化に対する理論的戦略としての社会統合論への傾斜であったと評価した。この評価と単著論文での結論は一貫性をもつ。 論文では、社会の分断化を前にLC論が共同的学びの形式論を採用する戦略をとったことを、必ずしも分断化の乗り越えには帰結しないと批判している。そして、分断化の乗り越えのためには、意見の不一致が不可避である議論へと人々が参画する必要があり、その前提条件として集団での礼節(civility)の徳の共有が重要である、と政治哲学研究で論じられていることを確認した。つまり、社会の分断化の乗り越え戦略として政治的妥協論を位置づけた場合、それは意思決定への安易な帰着を目指しておらず、意見の不一致に真剣に向き合うことを前提に結論を導こうとするものだと評価できた。また、意見の不一致から意思決定を導くために、徳の育成を含むシティズンシップ教育論が求められていることを明らかにできた。 第二小課題は、公教育目的と私的教育ニーズの対立問題を調停する新たな公教育モデルの構築の可能性の検討、および市民的徳を家庭教育で育成する方法的可能性の探究であった。学会発表で明らかにできたのは、リベラル派の哲学論議に、私的領域での教育・養育のあり方を公正・正義の観点から問おうとする傾向性が見られたこと、しかしこうした論議に対し、私的領域の教育を公的領域での教育と同じ論理で扱う点に厳しい批判も投げかけられていることである。ただし教育をめぐる公私区分論の超克という小課題に対する明確な結論を導き出すまでには至っておらず、次年度に継続的に探究しなければならない。
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今後の研究の推進方策 |
最終年度となる2021年度は、公教育と私教育を架橋するシティズンシップ教育モデルの構築を目指し、公教育と家庭教育が連携する形のシティズンシップ教育モデルを理論的に提示すること、および本理論的・基盤的研究を教育実践へといかに応用できるかの方策を導出することを課題とする。2020年度で継続的課題とした公私区分論の超克の原理的解明を優先的に取り組み、シティズンシップ教育モデルの構築へと結びつけていく予定である。 そのためには、礼節や相互尊重を代表とする市民的徳を私的領域で育むことができるかどうかの検討、さらにはそもそも公徳としての礼節・相互尊重を私的領域で育むべきかどうかという教育の妥当性の検証を最優先的に取り組む必要がある。この検討・検証において、フェミニズム思想・理論研究を分析、参照することが有益であると、研究の見通しは立てられている。すでに研究資料として英米圏のフェミニズム思想・理論の研究原著、研究論文を一定程度収集できているため、それらを翻訳、理解することに年度前半は注力する。 フェミニズム思想・理論の文献に依拠した研究を補う方策として、専門研究者との研究交流の可能性も模索していく。オンライン会議システムを通じてその可能性を開拓するとともに、フェミニズム思想・理論から派生して、利他主義(altruism)に関する研究履歴、研究蓄積のある研究者からも研究的助言を求めていきたい。
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次年度使用額が生じた理由 |
支払の際に18円の端数の残額が生じたが、ほぼ予定通り使用している。購入できる物品等がなく繰り越すことになるが、残額は翌年度に合算して物品等(研究資料)の購入にあてる予定である。
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