研究課題/領域番号 |
19K14205
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研究機関 | 高知大学 |
研究代表者 |
斉藤 雅洋 高知大学, 教育研究部総合科学系地域協働教育学部門, 准教授 (60759330)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2023-03-31
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キーワード | ESD(持続可能な開発のための教育) / 過疎地域 / 防災思想 / 防災教育 / 地域観 / 自然と人との共生 / ノンフォーマル教育 / インフォーマル教育 |
研究実績の概要 |
本研究の目的は、地域の持続可能性を高めていくための有効な教育・学習活動のあり方を明らかにすることである。2021年度も2020年度に引き続き、高知県黒潮町の地震・津波防災に向けた地域づくりの事例に着目し、黒潮町が直面した地震・津波への危機を乗り越える取り組みの過程で創造し、展開した教育を、ノンフォーマル教育・インフォーマル教育と環境・経済・社会(文化)を包括する教育内容の総合性という2つの視点から考察し、過疎化が進む地域に変容をもたらすESDの特徴を明らかにした。それはすなわち、住民のネガティブな地域観を変え、住民の地域に対する愛着や誇りを取り戻し、地域の自然や人との持続可能な関係をつくるノンフォーマル教育・インフォーマル教育である。黒潮町では、防災に対する住民の姿勢を変えていきながら災害に強い地域をつくり、防災を新たな地域アイデンティティとして位置づけるとともに、これまでの生活の中で培ってきた海と人との共生の文化を子どもたちに伝承していく取り組みを続けている。黒潮町の防災教育は防災活動を海の近くで暮らすための作法と捉え、海に対する恐ろしさとともに海への親しみも持ち続けていくことを謳っている。このような防災教育は、海と人との共生文化やその価値を次世代に伝承する環境教育やふるさと教育として捉え直すことができる。 2021年度の研究成果は、2020年度に一般社団法人日本環境教育学会の学会誌『環境教育』に投稿した研究論文の査読結果を受け、新たな文書資料や文献資料、統計資料を広く収集・分析し、2020年度までの考察結果をブラシュアップさせた点にある。地域の持続可能性を高めていくための有効な教育活動のひとつのあり方を、黒潮町における防災の取り組みは示唆していることを明らかにできた。なお、研究論文は学会誌『環境教育』編集委員会に受理され、2021年12月に公表された。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
本研究は2019年度から2022年度までの4年間を計画期間としている。本研究の進捗が「やや遅れている」理由は次の2点が挙げられる。 第1は、本研究は当初、地域づくりへの中核的な関係者(学習者)に対する生活史調査を通した事例研究を計画していた。生活史調査とは、個人の人生や生活実態に関する語りを、歴史や社会構造と結びつけて知識や理論を導き出していく方法である。個人の人生や生活に関する語りから人の意識や価値観、行動の変化を捉え、それらを地域の歴史や構造のなかに置き直すことで変化の諸要因を明らかにすることができる。しかし、2019年度に予備的な調査を行ったところ、調査協力者の記憶に依拠するあまり、個人の学習活動の経験と、意識や価値観、行動の変容との関係を十分に捉えることができないことに気づいた。つまり、自己の変容から地域の変容を捉えようとするアプローチには限界があったのである。そこで、地域の変容を個人へのインタビュー調査だけではなく、種々の文献資料を用いながら地域の変容を生み出した教育・学習活動を捉えるという調査方法へ変更した。こうした変更により、当初より進捗は遅れたが、地域づくりの過程追跡を行ったことで、重厚なモノグラフの記述へ結びついた。 第2に、新型コロナウイルス感染症の影響である。当初は調査対象とする地域づくりの事例を、高知県黒潮町、岩手県紫波町、宮城県北部のラムサール条約登録湿地とし、1年目は黒潮町、2年目は紫波町、3年目は宮城県北部のラムサール条約登録湿地、4年目は各地域の補足調査と研究の総括を行うという計画であった。しかし、所属大学や高知県の新型コロナウイルス感染症対策により県外への移動が制限され、2021年度も調査対象地域へ訪問することができず、かろうじて高知県内のみの移動が許されるという状況であった。そのため、研究に遅れが生じている。
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今後の研究の推進方策 |
本研究の目的は、ESD(持続可能な開発のための教育)の提唱以前から取り組まれている地域づくりの事例から、ESDと捉え直せる教育・学習活動がなぜ創造され、どのように展開したのかを分析し、地域の持続可能性を高めていくための有効な教育・学習活動のあり方を明らかにすることである。 当初の研究計画では、筆者のこれまでの研究実績から関係性のある事例を設定していたが、今後の方針として、コロナ禍においても比較的移動の制限がかかりにくい高知県内の事例(黒潮町など)を調査・分析していくことに変更する。2022年度以降も新型コロナウイルス感染症対策に伴う様々な制限が続くことが予想されるものの、社会経済活動は再開してきている。とは言え、コロナ禍以前のような社会経済活動が再開されるには、まだ時間がかかることも予想される。 他方で、2021年度に公表した研究論文では、地域住民の防災学習の実態や、住民の学習活動を支援する黒潮町役場の職員の仕事や役割は十分に把握できていなかった。そのため、上記の研究論文完成後は、地域住民の防災学習の実態調査に向けての情報収集として、黒潮町の防災の取り組みに関するシンポジウムの視聴や、黒潮町で行われている防災に関する学習活動の参与観察を行ったほか、防災に関わる成人学習論の先行研究の検討を行い、2022年度の実地調査や学会報告等の研究計画の見直しを図った。 これらの点をふまえて今後の研究の推進方策は、黒潮町における防災地域づくりの事例研究をさらに掘り下げるべく、地域住民の防災学習の実態や、住民の学習活動を支援する黒潮町役場の職員の仕事や役割の調査を進めていく。また同時に、黒潮町と比較可能な地域における自然と人との共生のための教育・学習活動を推進している、NPOや社会教育施設等の教育活動の実践事例の調査も進めていく。
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次年度使用額が生じた理由 |
次年度使用額が生じた理由は、新型コロナウイルス感染症拡大防止対策の影響により、2021年度中に参加を予定していた学会や研究会がすべてオンライン開催となり、そのために確保しておいた旅費がすべて未執行に終わったためである。また、所属大学や高知県の新型コロナウイルス感染症対策により県外への移動が制限され、2021年度も調査対象地域へ訪問することができず、調査のための旅費等も未執行に終わった。 2022年度は、2019年度と同様に学会や研究会の会場へ実際に訪問して参加し、研究成果の発表を行うとともに、調査対象地域への訪問も重ね、研究経費を有効に使用したい。2021年度は、新型コロナウイルス感染症対策に伴う様々な制限が続くことをふまえ、研究を進めるための社会調査の方法を変えた。すなわち、調査対象地域の事例に関する文書・文献資料調査を主に、個人や組織へのインタビュー調査を従とした。これにより新型コロナウイルス感染症対策に伴う様々な制限下においても、一定程度研究を進めていくことはできた。しかしながら、この方法ではデータの収集に限界があり、改めて一次資料の収集の重要性を痛感した。今後もコロナ禍の制限は一定程度続くと予想されるが、限られた機会に個人や組織へのインタビュー調査を行い、研究経費を有効に使用したい。
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