近年、読み書き困難にかかわる認知機能の解明や子どもの認知特性に応じた指導実践に関する研究が数多く報告されている。読み困難に関わる認知機能の解明は進んでいる一方で、書き困難に関する研究は相対的に少なく、書字に関わる認知機能については体系的に整理されていない現状にある。そこで、本研究では、漢字の書字に焦点をあて、読み書き困難児の漢字処理における視覚認知の特徴を明らかにし、有効な支援方法について検討することを目的とした。具体的には、読み書きに困難がある小学生を対象として、実在しない漢字(以下、偽漢字)の視写課題を実施し、課題遂行中の眼球運動を注視点追跡装置によって計測することにより、注視パタンの特徴を明らかにすることとした。 偽漢字は計7字であり、小学校1、2年生で学習する漢字の構成要素を組み合わせて作成した。漢字認知の際の注視の特徴を分析するため、文字を覆う正方形の領域を縦8×横6のセルに分割し、漢字呈示中の各セルにおける総注視時間を算出した結果、7文字とも総注視時間の最高値は文字の中央部分に存在した。さらに、正方形の領域を上下×左右の4分割にして、各領域における平均総注視時間を算出した結果、下部よりも上部を顕著に長く注視している特徴が認められた。一方で、上部、下部ともに左右の領域の平均総注視時間に顕著な差は認められなかった。漢字の構成の違いにより注視領域が異なるかを検討するため、文字ごとの注視領域について分析した結果、文字によって注視領域の偏りが異なることが分かった。対象児は、それぞれの漢字の構成や細部の特徴に応じて、注目する箇所を変えていることが示唆された。以上の結果について、先行研究の知見との比較検討を行うとともに、読み書き困難児の漢字の注視パタンおよび漢字の特性による処理の違いについて考察した。
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