本年度は,裁判官と一般市民の判断の違いを検討した本プロジェクトの総括として,これまでの実験結果の整理・発表,および最近の法制度に着目した探索的な研究を行った。 前年度までに投稿中であった研究として,重大な児童虐待事件を題材とした実験があった。その実験によれば,加害者である父親に対する懲役刑とその判断の理由(正当化)の両方において,裁判官と一般市民には違いがあることが示された。具体的には,(1)裁判官は一般市民よりも短い刑期を言い渡す傾向がある(さらにいえば裁判官の判断は,実験題材のモデルとなった事件で下された実際の懲役刑とほぼ一致していた)。(2)正当化において,裁判官は応報に偏重せず,比較的バランスよく他の功利主義的な正当化を取り入れている。以上から,一般市民は「裁判官の正義」とは異なる独自の価値観をもっており,両者の評議においてはその違いを考慮する必要があることが示唆された。これらの結果について,査読者とのコミュニケーションを通じて新たに浮き彫りになった課題を検討した。さらに探索的研究として,死刑制度や少年法に関する研究も追加で実施した。本研究で一貫して示されているのは,一般市民独自の考え方と厳しい態度であり,法制度に対する態度全般にも影響している可能性がある。今後の研究では,一般市民を対象に様々な実験・調査を行い,「裁判官の正義」の理解のカギになる,正当化以外の切り口を探したい。
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