本研究の目的は,自閉スペクトラム症(ASD)における社会的コミュニケーション不全を説明すると考えられている「社会的動機づけ仮説」を,脳機能イメージングを用いて検証することである。 2023年度は昨年度に続き,先行研究でASDとの関連が報告されている intrinsic neural timescale(神経活動の内在的時間スケールを反映するとされる指標)に着目した解析を,昭和大学で取得された安静時fMRIデータに対して適用した。本年度に新たにおこなった解析により,ASD群では自己報告に基づく感覚症状(青年・成人感覚プロファイルにおける感覚回避傾向の高さ)が顕著な人ほど感覚情報処理を担う皮質領域(特に側頭葉聴覚皮質)の intrinsic neural timescale が低いという関連性を見出した。この個人間相関はASD群に特異的であり,定型発達群ではみられなかった。本結果は,ASDでみられる感覚症状(感覚過敏・感覚鈍麻)には感覚皮質を主とする局所脳領域における情報処理の時間特性が関係するという昨年度までの解析から導かれた示唆をさらに補強するものである。 研究期間全体として,ASDの「社会的動機づけ仮説」を支持する結果は得られなかった。むしろ本研究で得られた知見は,ASD当事者と定型発達者での感覚情報処理特性の違いが,ASD当事者にとってコミュニケーションの際に時々刻々と変わる感覚情報(発話や表情など)を定型発達者と同じように処理することを困難にしているという可能性を示している。この点で最終年度に得られた側頭葉(主に聴覚皮質)における感覚症状との関連性は興味深く,同様の神経メカニズムが感覚症状だけでなくASDにおける生物学的運動知覚や聴覚言語処理(いずれも側頭葉が関与する)の特徴も説明するかは今後実験的な検証に値する。
|