研究課題/領域番号 |
19K14366
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研究機関 | 玉川大学 |
研究代表者 |
田中 大貴 玉川大学, 脳科学研究所, 特別研究員(PD) (30813802)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | 社会的意思決定 / 個人差 / 計算論モデリング / 強化学習 |
研究実績の概要 |
本研究は、自身の利得のみを気にする者(proself)と、他者の利得も同時に気にする者(prosocial)の個人差が、リスク回避傾向やリスク認知方略(社会的意思決定場面においてどのようなリスクに重きを置くかという方針)の個人差によって説明可能であるという仮説を検証することを目的としていた。本年度はその目的のために、(a)経済ゲームを用いた追加実験、および(b)経済ゲームのデータに対する計算論モデリングの適用・新たな社会的意思決定モデルの構築を行った。 (a)昨年度行った「評判悪化リスクのある繰り返し独裁者ゲーム」の予備実験の分析結果に基づき、追加のデータ採取を行なった。これは、proselfはprosocialと比較してより評判悪化リスクに重きを置いて社会的意思決定を行なっているという仮説を検討するためのものである。当初は玉川大学脳科学研究所の大規模一般サンプルより同研究室での実験室実験に参加してもらう予定であったが、新型コロナウィルスの影響により計画を見直し、オンライン実験の可能な環境を整えた。オンライン実験では、同サンプルより228名分のデータを取得した。 (b)社会的意思決定の分析において、行動それ自体だけでなくその行動に至る認知プロセスを検討するため、計算論モデリングを用いた分析を行った。具体的には、同研究室が保有する「繰り返しの無い経済ゲーム」の行動データより社会的意思決定におけるproself/prosocialの潜在パラメータ(自己/他者の利得への重みづけ等)を抽出し、神経科学的データとの関連を分析した。これにより、リスク回避傾向と社会的意思決定プロセスの関連が詳細に検討できるようになった。また、(a)で得られた行動データを分析するためにモデルを新たに構築し、評判悪化リスクへの重みづけパラメータを行動パターンから計算できる状態に達した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
当初、本年度は玉川大学脳科学研究所での行動実験やfMRI実験を行う予定であった。しかし、新型コロナウィルスの影響により研究所の方針として、令和2年3月からヒトを対象とした実験が全面停止されているため、現状で研究を進められる計画に変更を行った。その結果、(a)経済ゲームを用いた追加実験、および(b)経済ゲームのデータに対する計算論モデリングの適用・新たな社会的意思決定モデルの構築を進めることとなった。 (a)まず、経済ゲーム実験については実験室で行う予定であったものをオンラインベースに計画変更した。本来の予定より実験実施は遅れた(2020年12月)ものの、実験の空間的な制約(実験ブースの数の上限等)がなくなったことからひと月で228名分という大量のデータを取得することに成功し、研究上の困難を十分に補填することができた。この実験の成功は、今後実験室実験が再び可能となる見込みがつかめない中で持続的に行動データを収集する手法を得たことを意味する。 (b)fMRI実験については実施を次年度に延期し、神経科学的なデータの解析に必要なプロセスである、行動データに対する計算論モデリングの適用および新たなモデルの構築を先に進めた。まず、玉川大学脳科学研究所が保有する「繰り返しの無い経済ゲーム」の行動データより自己/他者の利得への重みづけといったパラメータを抽出し、その数値と神経科学的特性との関連を分析した。この結果は2020年の日本ヒト脳機能マッピング学会にて発表を行った。また、「評判悪化リスク」への重みづけを推定するためのモデルを一から構築し、(a)で得られた行動データに適用・パラメータの抽出を行った。 このように、本課題は新型コロナウィルスの影響によりやや遅れた進捗状況にあるものの、新たな実験体制の確立による遅れの補填や、学会での研究報告といった成果を生むことができた。
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今後の研究の推進方策 |
「現在までの進捗状況」に則り、今後は(1)経済ゲーム実験、(2)リスク回避傾向課題、(3)fMRI実験、およびその統計解析にうつる予定である。 (1)今年度に引き続き、 「評判悪化リスクのある繰り返し独裁者ゲーム」のデータ取得を行う。今年度は玉川大学脳科学研究所の一般サンプルを対象としたが、次年度はより結果の一般性を高めるために、クラウドソーシングを用いたオンライン実験(1000名程度)を実施する予定である。取得した行動データに対して計算論モデリングを行い、評判悪化リスクへの重みづけパラメータを推定する。 (2)クラウドソーシングを用いて、上記の実験参加者のリスク回避傾向のデータを取得する。リスク回避傾向を計測するため、同研究所が以前使用したものと同様の課題を実施する(Yamagishi et al., 2017)。また実験の際、同時に参加者のSVO(proselfかprosocialかを判別する指標)も計測する。上記のゲームの結果と合わせ、proselfの方がprosocialよりも評判悪化リスクへの重みづけが大きいという仮説、評判悪化リスクへの重みづけが大きい人の中でも特にリスク回避傾向が高い人はゲームでより協力するという仮説の検討を行う。解析結果は日本社会心理学会での発表、および論文投稿を目指す。 (3)上記の経済ゲームのfMRI用の課題プログラムを作成する。40名程度の課題中脳活動データを取得し、評判悪化リスクへの重みづけと関連する脳領域について分析する。ただし、次年度も新型コロナウィルスの影響により、研究所におけるヒトを対象とした実験が停止となる可能性がある。そこで、すでに同研究室が保持している安静時脳活動データを用いて、本年度取得した経済ゲームの行動データと合わせた分析も同時に進めてゆく。分析結果は神経科学系の論文雑誌への投稿を目指す。
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次年度使用額が生じた理由 |
本年度は当初、研究打ち合わせや実験結果の学会報告のための旅費、経済ゲーム実験やfMRI実験における謝金費、データ分析のためのPC購入費といった支出を予定していた。しかし、新型コロナウィルスの影響により研究打ち合わせ・学会ともにオンライン化し、旅費の支出をする必要がなくなった。また、研究所の方針として令和2年3月よりヒトを対象とした実験が全面停止されたため、実験の計画変更を余儀なくされた。このうち経済ゲーム実験はオンラインで行う体制を整えることができたが、他の研究プロジェクトの実験と合わせた実施により、謝金はその研究費から捻出することになった。一方、fMRI実験はオンライン化が不可能であるために、実施の延期の決定に至った。 したがって、次年度はクラウドソーシングを用いたオンラインでの行動実験および延期をしたfMRI実験の謝金に研究費を充てる予定である。とりわけ前者は、実験者が各参加者の状況を完全にモニタリングできず、データの信頼性が低下しやすい。この信頼性を補うためには予備実験を含めて大量のデータを取得しなければならない。そこで、研究費はこうしたデータ取得によって生じる謝金費での使用を計画している。新型コロナウィルスの影響により、次年度も旅費に充てる予定であった額は未使用に終わる可能性があるため、こちらも謝金費に充てる。PC購入費はデータ解析のために当初の計画通り支出する予定である。
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