本研究は、揺らぎと時間発展の観点から弱値の性質を明らかにすることで、事前・事後選択された量子系について、状態ベクトルや演算子を用いずに、弱値のみでそのダイナミクスを記述する描像を構築することを最終的な目的としていた。今年度は主に、前年度に理論的に発見した「事前事後選択量子系が持つ物理量の複素揺らぎ」を実験的に観測し、論文やオンライン発表で対外的に公表することを行なった。 前年度に理論的に発見した「複素揺らぎ」とは以下の通りである:初期状態だけでなく終状態も固定された「事前・事後選択系」という特殊な量子系を考え、その系が持つ物理量の性質の調査を行なった。事前・事後選択系が持つ物理量(期待値)は「弱値」としてすでに知られているが、事前・事後選択系が持つ揺らぎ(分散や高次モーメント)に対応する量については明確な理論が無かった。その中で、我々は操作論的・統計的なアプローチによって、事前・事後選択系における揺らぎ(弱分散)や高次モーメント(弱モーメント)が自然な形で定義できることを発見した。 今年度は、この複素数である弱分散の観測を光学系を用いた実験により観測することを行なった。ビームの偏光状態を偏光プリズムを用いて事前・事後選択し、その間に複屈折結晶により偏光とビームの横分布との相互作用を起こした。この系により、ビーム横分布幅が弱分散の分だけ変化するはずであり、弱分散の実部・虚部はそれぞれビーム横分布の直交位相平面上での分布幅の変化の方向で区別できる。我々はこの実験を完了し、弱分散が実数・虚数それぞれの場合に予測されるビーム幅の変化を確認した。 これらの研究内容をまとめた原稿はarXivにて公表し、Physical Review Researchに投稿した(現在査読中)。また第43回量子情報技術研究会 (QIT43) 、日本物理学会第76回年次大会(2021年)にて口頭発表を行なった。
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