研究課題/領域番号 |
19K14622
|
研究機関 | 国立研究開発法人理化学研究所 |
研究代表者 |
森 貴司 国立研究開発法人理化学研究所, 創発物性科学研究センター, 研究員 (00647761)
|
研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2023-03-31
|
キーワード | 非平衡定常状態 / 固有状態熱化仮説 / 量子多体系 |
研究実績の概要 |
非平衡環境と弱く相互作用する開放量子系の非平衡定常状態を研究した。注目系と環境系の相互作用が十分弱いとして定常状態を摂動展開し,そこに近年の孤立量子系の研究で導入された重要な性質である「固有状態熱化仮説」(Eigenstate Thermalization Hypothesis 略してETH)を適用した。その結果,環境が非平衡状態であるにもかかわらず,注目系の定常状態はある有効温度での熱平衡状態に等しいことがわかった。 問題は,摂動展開の収束半径が注目系のサイズについて指数的に小さくなり,熱力学的極限では収束半径が0になってしまうことである。したがって,注目系がマクロに大きい系の場合に,摂動論が正しい結果を与える保証はない。私たちは,マクロな開放量子系について摂動論が適用できるかどうかを理論的および数値的に調べた。 私たちの理論によれば,散逸がバルクに作用するバルク散逸系の場合には,リウビリアンのギャップが熱力学的極限で有限である限り,摂動論は熱力学的極限でも適用できることが結論される。また,散逸が境界のみに作用する境界散逸系の場合には,リウビリアンのギャップが系の長さの逆数のオーダーよりも速く0に近づく場合には摂動論が適用できないことがわかった。 次に,理論が正しいことをスピン系の数値計算で検証した。具体的には,真の定常状態と最低次の摂動論によって得られる定常状態の間の相対エントロピー密度を計算した。まず有限系について計算した結果を熱力学的極限に外挿し,その外挿値が散逸の強さを弱くしていくとともに0に近づくかどうかを調べた。その結果,理論の裏付けが得られた。 以上の結果はマクロ開放量子系の非平衡定常状態を求めるという基礎的な問題の理解につながるだけでなく,散逸を利用した量子テクノロジーへの応用にも有用なものである。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
非平衡定常状態と固有状態熱化仮説の関係について当初は摂動論と数値計算のみに基づいて研究を進めていたが,この摂動論が成立する条件を理論的に導出することができたのは予期していなかった進展だった。この理論的な結果を論文に執筆している。さらに,この理論的な結果からリウビリアンのギャップについての新しい研究に導かれた。このように,本研究は当初の計画を超えた広がりを見せている。
|
今後の研究の推進方策 |
数値計算によって,非平衡定常状態に対する摂動論の適用条件について可積分系と非可積分系で定性的な違いが見えているのでこれを理論的に解明することで,非平衡系において可積分性の果たす役割を理解する。さらに,リウビリアンのギャップと非平衡量子多体系の緩和時間の間の関係を追究する。
|
次年度使用額が生じた理由 |
新型コロナウイルスの感染拡大の影響により,国内学会への参加がキャンセルとなったため次年度使用額が生じた。 翌年度の論文投稿費用等,研究成果発表のために使用する計画である。
|