研究課題/領域番号 |
19K14625
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
吉川 尚孝 東京大学, 大学院理学系研究科(理学部), 助教 (20819669)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2021-03-31
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キーワード | テラヘルツ分光 / 光誘起相転移 / 鉄系超伝導 |
研究実績の概要 |
本年度は主に、鉄系超伝導体FeSe0.5Te0.5薄膜について、(1)テラヘルツ光による第3高調波発生、(2)近赤外光励起による非平衡状態でのテラヘルツ第3高調波発生、(3)近赤外光励起下でのテラヘルツ周波数帯の光学伝導度測定、を行った。FeSe0.5Te0.5は、電子ポケットとホールポケットからなるフェルミ面を持ち、このフェルミ面の変調によって転移温度など超伝導の性質が変化することが示唆されている。本研究では、近赤外光によってバンド間の電子遷移を誘起し、非平衡にキャリア密度を変化させることによる超伝導への影響を、上記のテラヘルツ分光によって調べた。まず、超伝導ギャップエネルギーに近い光子エネルギーを持つ高強度のテラヘルツ光を用いて第3高調波発生を測定すると、超伝導転移温度以下で顕著に強度が増加する様子が観測された。これはテラヘルツ第3高調波の測定によってFeSe0.5Te0.5における超伝導秩序をプローブできることを示唆している。近赤外光を照射しながらテラヘルツ第3高調波を測定すると、照射直後にその強度が増大し、その後ほぼ消失することを見出した。近赤外光励起によって超伝導が瞬間的に増強し、その後金属的な高温状態へと移り変わったと考えられる。また、超伝導ギャップや超流動密度に敏感なテラヘルツ周波数領域での光学伝導度を同様の非平衡状態について測定すると、光学伝導度の虚部に見られる発散成分は近赤外光励起直後に増加し、超流動密度が瞬間的に増加していることを示唆する結果となった。これらの結果から、FeSe0.5Te0.5薄膜において瞬間的に超伝導が増強したと考えている。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
今年度は特に、鉄系超伝導体FeSe0.5Te0.5におけるテラヘルツ第3高調波発生を観測し、非平衡状態へ応用した。テラヘルツ第3高調波発生は、従来型のs波超伝導体や銅酸化物d波超伝導体を対象に観測されてきた。超伝導秩序変数の振幅モードと光の結合に由来する現象であると解釈されており、超伝導の秩序変数を直接的にプローブする手法として注目されている。この手法を用いることで鉄系超伝導体FeSe0.5Te0.5薄膜の非平衡状態の超伝導の性質を調べることができた。光学伝導度測定についても実験系の最適化を行って励起光強度依存性や温度依存性を詳細に測定し、第3高調波発生と光学伝導度の2つの観測手法で整合する超伝導増強を示す結果が得られた。第3高調波の実験がより重要なフェイズにあると考えて優先的に行ったため、当初の研究計画とは順序が入れ替わっているが、おおむね予定通りの進捗が得られたと考えている。
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今後の研究の推進方策 |
(1)超伝導増強の励起光エネルギー依存性 本年度の研究で近赤外光励起による超伝導のダイナミクスを調べたが、光励起による超伝導増強のメカニズムを理解するためには励起光エネルギー依存性を調べることが重要である。励起光はキャリアを生成していると考えているが、バンド間遷移が起こらないような低エネルギーの光で励起した場合の振る舞いなど、近赤外-中赤外の光を光パラメトリック増幅器によって波長可変に用意し、非平衡状態の励起光エネルギー依存性からメカニズムを議論したい。 (2)フォノン励起による非平衡状態 FeSeやFeSe0.5Te0.5においては、光による格子の変位がフェルミ面を変調することが指摘されている。これまで報告されたのは近赤外光励起によるラマン過程でのフォノン励起に由来するコヒーレントな格子振動と電子状態の関係である。本研究では、低エネルギーのテラヘルツ光を用いてフォノンを共鳴励起することで非平衡超伝導増強あるいは転移温度以上で超伝導が発現する光誘起超伝導の観測を目指す。
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