令和3年度は実験家との共同研究を中心に進め、我々が理論的に予測した2層イリジウム酸化物 Sr3Ir2O7 における励起子凝縮を検証した。共鳴非弾性X線散乱実験で得られたスペクトルと理論計算を比較し、定量的によく一致する結果を得た。この物質では、酸素イオンが形成する八面体の交替回転と顕著なスピン軌道結合の効果からバンド反転が生じる。このとき電子間クーロン相互作用が電子と正孔の間の実効的な引力を生み出し、三重項の励起子が安定化する。電子間相互作用を大きくしていくと、量子臨界点で三重項励起子が凝縮し反強磁性秩序が生じる。これがこの物質における反強磁性秩序の起源である。量子臨界点に近いことから、スピンと電荷自由度が結合した特徴的な縦モードの磁気励起が現れる。磁気転移温度より高温で安定化された三重項励起子が転移点で凝縮することで磁気秩序相へ相転移する。特徴的な縦モードが限られた波数領域でのみ現れ、別の領域では電子正孔連続スペクトルに分散してしまうことから、電子相関の強結合と弱結合極限の間のクロスオーバー領域にあると言える。これはさまざまな物理系に現れる BCS-BEC クロスオーバーの問題と等価であり、絶縁体に関してはスレーター・モットクロスオーバーの問題として議論されてきた。実際、転移温度より高温で励起子が安定的に存在する点は BEC 的であると言えるが、縦モードの波動関数が空間的に広がっている点は BCS 的と言える。これらの結果から、この物質が、1960年代に提唱されてから長い間探されてきた反強磁性型の励起子絶縁体であることを理論的・実験的に示し Nature Communications に発表した。また理論計算に用いた計算コードを GitHub 上(https://github.com/suwamaro/rpa)に公開した。
|