研究実績の概要 |
鉄カルコゲナイドFeSeの超伝導の解明には,超伝導相に隣接して存在する電子ネマティック相および反強磁性相との関連を調べることが重要である.FeSeのSeサイトを同族元素であるSで置換すると,キャリアドープ無しに格子の歪を導入できる.SはSeよりもイオン半径が小さく,S置換によりFeSeの格子定数は小さくなる.すなわちS置換は化学的な圧力と考えることができる.FeSeは静水圧を印加することで反強磁性が出現することが知られているが,これまで化学圧力による磁性の出現は報告されていなかった.一方,パルスレーザー堆積法により作製したFe(Se,S)薄膜は低温で磁気転移由来と思われる電気抵抗の異常が観測されていた.本研究では,この電気抵抗の異常が磁気転移に由来するものかを明らかにするために,Fe(Se,S)薄膜試料のミュオンスピン緩和の実験をスイスのPSIで行った.時間スペクトルおよびその2成分解析から,確かにFe(Se,S)薄膜は電気抵抗の異常が見られる温度で磁気転移を示すことが明らかになった.静水圧下のFeSeにおける磁性は長距離秩序であるのに対し,Fe(Se,S)薄膜の磁気秩序は短距離秩序であり,内部磁場の大きさも静水圧下のFeSeの磁気秩序に比べて少し弱いものの,概ね似た性質を示すことがわかった.電子ネマティック相および磁気秩序相の圧力による変化は物理圧力・化学圧力ともに似た振る舞いを示すが,超伝導相の振る舞いは両者で大きく違っており,静水圧ではTcが40K付近まで上昇するものの,化学圧力では単調に減少する振る舞いが観測される.この違いの原因は現時点でわかっていないが,これを明らかにすることは鉄カルコゲナイドの高温超伝導の起源の解明に繋がる可能性がある.
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