研究課題/領域番号 |
19K14668
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研究機関 | 国立研究開発法人理化学研究所 |
研究代表者 |
南舘 孝亮 国立研究開発法人理化学研究所, 開拓研究本部, 特別研究員 (30825691)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2021-03-31
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キーワード | 分子性導体 / 超伝導 / モット絶縁体 / 異方的圧力効果 |
研究実績の概要 |
分子性導体における物性研究において、超伝導の起源解明のため付近に存在する電子状態が調べられてきた。中でも三角格子に近い電子構造を持つ物質では、量子スピン液体状態やValence Bond Order (VBO)状態などの特異な電子状態が発見され、超伝導との関連性も議論されている。近年、一部の有機伝導体について薄膜化技術が確立され、それを用いて基板の延伸に伴う圧力制御、電界誘起トランジスタ(FET)構造の作成によるキャリアドープが試みられてきた。本研究は、この手法を発展させ、バルク結晶では実現不可能であった、二方向の一軸圧力の制御を行うことで分子性導体における超伝導現象や量子スピン液体状態の安定化メカニズムの解明を試みるものである。 本年度は、研究開始時点で清浄な単結晶薄膜が得られていたEtMe3P[Pd(dmit)2]2を対象とし、一軸歪みの効果による物性の変化を明らかにすることを目標に研究を行った。同塩のバルク結晶は常圧化でVBO状態、静水圧下で超伝導相を基底状態に持つ。実験の結果、EtMe3P[Pd(dmit)2]2の単結晶試料は基板の曲げによる圧力印加によって、バルク試料に対する静水圧の印加と同様に絶縁相から金属相へ変化する過程が観測され、高圧力領域では低温でVBO相への転移とみられる抵抗値の増大と、超伝導相への転移を観測できた。さらに、FET構造の作成を行い、ホールドープによって生じる物性変化を観測し、ドープされるキャリアの正負にによって生じる物性が異なることを発見した。 本研究の成果は国際会議「13th International Symposium on Crystalline Organic Metals, Superconductors and Magnets (ISCOM2019)」にてポスター発表を行い、ポスター賞を受賞した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本年度は、研究開始時点で清浄な単結晶薄膜が得られていたEtMe3P[Pd(dmit)2]2を対象とし、一軸歪みの効果による物性の変化を明らかにすることを目標に研究を行った。実験の結果、EtMe3P[Pd(dmit)2]2の単結晶試料は基板の曲げによる圧力印加によって、バルク試料に対する静水圧の印加と同様に絶縁相から金属相へ変化する過程が観測され、高圧力領域では低温でVBO相への転移とみられる抵抗値の増大と、超伝導相への転移を観測できた。さらに、FET構造の作成を行い、ホールドープによって生じる物性変化を観測し、ドープされるキャリアの正負にによって生じる物性が異なることを発見できたことから、実験に関して計画時に期待していた進捗が実現されている。 また次年度の研究において、一軸圧力方向を変化させて物性変化を調べるための前段階として、ねじを使用した簡単な構造の治具を試作し、単一試料に対する、方向を変えての一軸圧力印加を試み、抵抗の測定が可能であることを確認した。また、分子性導体の他物質へ対象を広げるために他の[Pd(dmit)2]塩についても試料作製を行い、いくつかの物質で清浄な薄片試料の作成が可能であることを確認した。 次年度に向けた圧力印加プローブの設計と製作に関しては、部品の調達に想定よりも時間がかかったために次年度での作成にずれ込んだが、研究全体の進捗には遅れは生じていない。 以上より、本研究はおおむね順調に進展している。
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今後の研究の推進方策 |
初年度の研究で得られた結果を踏まえ、次年度は以下の研究を行う。 1.初年度で得られたEtMe3P[Pd(dmit)2]2の電気抵抗の、一軸圧依存性およびキャリアドープ依存性について測定結果を検討し、キャリアドープの正負の間に生じた非対称性を解釈する。初年度得られた結果に見られた測定ごとの電気抵抗の圧力依存性の差異を、薄片の結晶軸方向と薄片の厚さから検討する。また、反強磁性相が超伝導の隣接相として観測されているκ型BEDT塩に対して先行研究結果と比較して議論する。 2.現有の一軸歪み印加プローブを参考に、二軸方向に歪み印加方向を変化させられるプローブの設計と開発を行い、EtMe3P[Pd(dmit)2]2の相構造が歪みの方向によってどのように変化するかを調べる。その結果から、Valence Bond Order相が安定となる格子変調を明らかにし、電子のペアリング方向と電子軌道の重なりについてのネットワーク構造の関係を議論する。また、超伝導相についても圧力方向と転移温度の関係から超伝導転移が観測される歪み条件を明らかにし、その発現メカニズムを議論する。 3.初年度に引き続き、EtMe3P[Pd(dmit)2]2以外のPd(dmit)2塩およびκ型BEDT塩など、他の分子性導体についても同様の薄膜化手法、測定手法を確立し、どのような歪みが超伝導相やスピン液体相、電荷秩序相などを誘起するかを比較して議論する。
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次年度使用額が生じた理由 |
実験装置として、一軸方向歪印加プローブおよび歪方向制御プローブを設計、作成予定であったが、材料の調達に一部遅れが生じ、作成スケジュールがが次年度へずれ込んだため。
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