研究課題/領域番号 |
19K14674
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研究機関 | 新潟大学 |
研究代表者 |
林 智彦 新潟大学, 自然科学系, 助教 (90838070)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | ペプチド抗癌剤 / 天然変性ペプチド / 自由エネルギー関数 / 積分方程式理論 / 形態計測学的アプローチ / 水和自由エネルギー |
研究実績の概要 |
本研究は、抗腫瘍蛋白質p53の働きを阻害する蛋白質MDM2に強く結合して、MDM2を無効化するペプチド抗癌剤候補の理論による設計・実験による合成を行い、できる限り多くの抗MDM2ペプチドを新規に決定することを目的とする。2019年度は初期段階として、以下の成果を得た: (1)水和自由エネルギーを正確かつ高速に計算する新規手法の開発に成功した。この手法では、溶質の水和過程を(a)水中における空洞の形成過程、および(b)溶質-溶媒間の相互作用の導入過程に分割し、(a)は代表者らの開発した「分子性流体用統計力学理論+形態計測学アプローチ」、(b)は3次元RISM理論により計算する。これにより得られる水和自由エネルギーは、低分子から蛋白質のような巨大分子に至る種々の溶質について、エネルギー表示法(分子動力学シミュレーションに基づく信頼性の高い溶媒和自由エネルギー計算手法)による計算結果と良好に一致した。この成果は、(A)蛋白質の水和自由エネルギー計算の低コスト化、および(B)大きな正味の電荷を持った溶質への適用(従来法では困難)をそれぞれ可能にした、という重要な意義をもつ。 (2)(1)の手法を「生体分子同士の結合の駆動力を詳細に解析するための方法論(統計力学理論+分子シミュレーション)」に組み込むことで、MIP (MDM2に対して非常に強く結合する既知のペプチド)のMDM2に対する結合能がp53を凌駕する理由を解明した;①結合は主に水のエントロピー利得により推進され、②この効果はMDM2-MIPでより顕著であり、③これは結合界面における原子レベルの密な充填構造形成に起因する。一方で、この充填構造には改善の余地があることが判明した。この成果は、(C)MDM2-ペプチドの結合メカニズムを世界で初めて解明し、(D)新規抗MDM2ペプチドの設計指針を得た、という重要な意義をもつ。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究の第一段階の目的として設定した「MDM2-p53末端ペプチド・MIPの結合駆動力の解明」を達成することが出来た。また、このために必要な理論手法の新規開発に成功するととともに、この手法を応用することで、 (I)温度応答性ポリマーPNIPAMの変性、(II)蛋白質の圧力変性、および(III)アクチン-ミオシン結合の低温における弱化のメカニズムを解明することが出来た。これにより、一見すると全く異なる分子現象が、統一的な理論的枠組みにより説明できることを示し、本研究で用いる理論的手法の有効性を明らかにした。(III)の結果を報告した学術論文はEdidor’s Choiceに選定された。 さらに、本研究の次の段階で使用する「物理理論のエッセンスを抽出した高速自由エネルギー関数」の開発・応用にも取り組み、理論・実験の密な連携により、(IV)耐熱膜蛋白質RxRの安定性の物理起源の解明、(V)元々熱安定な膜蛋白質のさらなる耐熱化に成功した。(IV)の結果を報告した学術論文はEdidor’s Choiceに選定された。 抗癌剤としては、MDM2に対してMIPよりさらに高い結合能をもつペプチドが望まれる。本年度は、理論解析により得られた知見を元に、「生体分子同士の結合の駆動力を詳細に解析するための方法論(統計力学理論+分子シミュレーション)」により、MDM2-MIPの結合界面の密な充填構造をさらに強固にするアミノ酸置換を理論的に予測した。予測結果を協力研究者と共有し、実験による検証の準備をおこなった。
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今後の研究の推進方策 |
本研究の第二段階の目的として設定した、「MDM2を無効化するペプチド抗癌剤候補の理論設計・実験による合成」に取り組む。本年度に提案した新規抗MDM2ペプチドの結合能を実験により検証し、結果を理論に反映させることで手法の改善を試みる。 また、「物理理論のエッセンスを抽出した高速自由エネルギー関数」による新規抗癌ペプチドの理論予測法の開発を進める。具体的には、(α)既知の標的蛋白質-ペプチド複合体の立体構造を入力情報として、(β)標的蛋白質-結合力の高いペプチドの複合体の立体構造を予測する理論的方法論の開発に取り組む。初期段階として、(α),(β)の立体構造が共に実験により既知のケースを対象とすることで、方法論の検証を行うとともに、結果をフィードバックさせて改善を試みる。
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