本研究は、癌原因タンパク質MDM2(抗腫瘍蛋白質p53の働きを阻害する)に強く結合することでMDM2を無効化する「ペプチド抗癌剤候補」の理論設計・実験による合成を目的とする。2021年度は以下の成果を得た: (1)これまでの成果から、「ペプチド抗癌剤候補の理論設計」には、水和エネルギー計算をさらに高速化する必要があることがわかった。そこで、水和エネルギーの計算に必要な時間を約1/10000に短縮可能な新規手法;「3次元RISM理論+連続体溶媒モデル+形態計測学アプローチ」を導入し、高速水和エントロピー計算と組み合わせることで、新たな水和自由エネルギー(HFE)計算法を開発した。第一段階として、低分子から蛋白質のような巨大分子に至る種々の溶質について、エネルギー表示法(分子動力学シミュレーションに基づく信頼性の高い計算手法)によるHFEの再現に取り組み、7種45構造のタンパク質について相関係数0.996、平均誤差 2.62%という良好な結果を得た。 (2)これまではMDM2-MIP複合体の天然構造(立体構造が実験で既知)を鋳型として新規ペプチドを設計してきた。しかし、理論予測手法を一歩推し進めるにあたり、タンパク質-新規ペプチド複合体の立体構造を「タンパク質の立体構造のみから予測する方法論」の確立が重要な意義をもつ。そこで、(1)の手法を応用し、分子シミュレーションで作成した多数の「偽物複合体(タンパク質の立体構造は固定)」の中からMDM2-MIP複合体の天然構造を特定可能な評価関数の開発に取り組んだ。複合体1つの評価に必要な時間は5秒未満である。その結果、天然構造が特定可能なのは、水のエントロピーとエネルギーを両方とも考慮した場合に限られることを明らかにし、ペプチド抗癌剤の理論設計における水の統計力学的な効果の重要性を示した。
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