研究課題
本研究は高出力レーザーを用いて白色矮星や中性子星表層の磁場強度に匹敵する強磁場(10 - 100 kT)を実験室で生成する手法を確立するとともに,磁気リコネクションをはじめとする宇宙物理実験など,強磁場の様々な利用法の開拓を目指すものである.本年度の主な成果は(1)申請者らが考案した強磁場生成法の基礎物理の解明と(2)磁気リコネクションによる粒子加速の観測,(3)生成された磁場環境と宇宙の関連性の発見であり,これらの成果はPhysical Review E 他各誌に掲載された.申請者らが提案する強磁場生成法とは,ミクロンサイズのコイルに高出力短パルスレーザーを照射してメガアンペア級の円環電流を駆動し,コイル内部に強磁場を生成するというものである.3次元電磁粒子輸送コードを用いたコイル内外の粒子の飛跡計算と実験結果の比較により,コイルを流れる電流やコイル内外の磁場の強度分布が予測と概ね一致することが確認された.また,磁気リコネクションの実験では,本手法を用いて2 kTの反平行磁場をコイル内部に生成し,磁気リコネクションに起因する粒子加速(主に電子および陽子の加速)を観測した.実験で生成された磁場の強度(2.1 kT)や磁場中の電子の温度(1e9 K)および密度(1e24 m^-3),そして磁気リコネクションによって加速された陽子の速度(0.2 c)は,「はくちょう座X-1」で観測されるものと類似していることが分かった.はくちょう座X-1は強力なX線源として知られる連星系であり,その伴星では磁気リコネクションによる高エネルギー粒子加速が起こっていると言われている.申請者らの実験がX-1の地上実験として真に意味のあるものかどうかは今後さらに検討が必要であるが,こうした実験と宇宙物理の関連性が見出されたことは天文学者の興味を引く意味で大きな一歩になったと考えている.
2: おおむね順調に進展している
現在までに,本研究の強磁場生成法における物理機構の理解と微小コイルターゲットの製作技術の進展により,10 kT達成への目途が立ったことは研究を円滑に進める上で大きい.また,上記の成果以外にも,申請者らの磁場生成法ではレーザー相互作用領域から排斥された高速電子群の一部がコイルの対岸で再吸収されることにより,コイル内部の電子密度勾配が保たれ,レーザー照射後も電流と磁場が一定時間持続するといった,予期していなかった魅力的な物理機構の存在も見出された.こうした特性は磁場を利用する上では非常に有益なものである.これまでに大阪大学レーザー科学研究所およびドイツ重イオン研究所(GSI)の大型レーザー装置で得た豊富な実験結果から,強磁場を用いた様々な研究展開への布石となる着想が多数得られており,シミュレーションを用いた理論研究だけでも十分に研究成果が見込まれる状況である.新型コロナウィルス感染拡大防止策の影響で国内外の高出力レーザー施設のマシンタイムの獲得が難しい状況の中でも,着実に研究を進められると考えている.本年度までに得られた研究成果はPhysical Review E他各誌に掲載されたほか,強磁場の計測技術や応用展望(レーザー核融合,中性子源etc.)について国内会議(日本物理学会,レーザー学会)および国際会議(High Temperature Plasma Diagnostics 2020)にて報告を行った.
R03年度は10 kTを超える磁場生成を目指すとともに,磁場の制御技術の確立と応用展開に挑む.コイル内部の磁場強度はレーザー強度やエネルギーのほか,コイルの直径によって制御できるため,実験でこれらの相関関係を得る.また,磁場の「配位」を制御する手法として,微小ソレノイドコイルを用いてより長い空間に強磁場を生成する方法や,球殻ターゲットを用いてトロイダル状の磁場を生成する方法なども検証する.こうした磁場配位の制御は荷電粒子の輸送制御において重要な技術であり,核融合研究などに有益な知見となる.実験は大阪大学レーザー科学研究所の激光XII号・LFEXレーザー施設を用いて行う予定である.実験実施の有無に関しては今後の新型コロナウィルスの感染状況に依るところが大きいが,実験に用いる照射ターゲット(コイル他)や計測器は既に準備が整っている.また,10 kTを超える強磁場下で可観測になると言われる「非線形ゼーマン効果」を観測するための極端紫外(EUV)分光器の導入も検討しており,関係者らと議論を進めている.R03は本研究課題の最終年度であることから,前人未到の強磁場の生成から制御,応用法に至る研究成果をまとめ,論文発表のほか国内および国際会議にて報告を行う.
新型コロナウィルス感染拡大の影響により,本年度使用予定であった実験用照射ターゲットの納品が一部遅れたため,当該ターゲットを用いた実験を翌年度に繰り越し,ターゲット製作費も翌年度に執行することとした.
すべて 2021 2020 その他
すべて 国際共同研究 (5件) 雑誌論文 (5件) (うち国際共著 5件、 査読あり 5件、 オープンアクセス 2件) 学会発表 (5件) (うち国際学会 1件、 招待講演 1件)
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