本研究では,数十億年間の大気組成で大部分を占めた窒素・酸素・二酸化炭素・硫黄化合物・水の混合気体中放電によって生成した大気分解活性種を細胞が感受する機構を明らかにすることを目的としており,最終年度は以下の研究成果を得た. 1.気相活性種組成・液相活性種組成・細胞内カルシウムイオン(Ca2+)シグナルの時系列データ取得:気相活性種の組成を,フーリエ変換赤外分光光度計によって定量するとともに,還流系活性種トラッピングシステムを用いて液相活性種濃度の時系列データを取得した.また,液相反応について,0次元化学反応シミュレーションを併用することで,測定困難な活性種濃度の時間変化を推定した.さらに,プラズマ処理溶液を,Ca2+指示薬であるFluo-4をローディングした培養細胞に添加して,細胞内Ca2+シグナルの時系列変化を細胞が生きたままに観測した.上記の時系列データにより,Ca2+応答の誘導因子が,低濃度(< 1 μM)でありながら長時間(数分以上)にわたって持続する過酸化亜硝酸の暴露であることを見出した. 2.機能受容体の同定:プラズマ処理溶液に対して,強いCa2+応答を示す細胞株におけるsiRNAを用いたノックダウン実験とCa2+応答を示さない細胞株への特定受容体チャネルの異所性発現を通して,TRPA1及びTRPV1チャネルの関与を明らかにした.さらに,TRPA1/TRPV1変異株を用いることで,プラズマ処理溶液添加の場合,既存のアゴニスト(活性薬)とは異なるメカニズムで,受容体チャネルが活性化されていることを実験的に示した. 上記より,大気分解活性種が起点となり生理食塩水中での活性種反応系が発達し,その特異な反応系によって細胞に供給される低濃度・長時間の過酸化亜硝酸によって,細胞膜上のTRPA1/TRPV1が活性化し,Ca2+シグナルを誘導するという一連の流れが浮かび上がった.
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