研究課題/領域番号 |
19K14722
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研究機関 | 大学共同利用機関法人高エネルギー加速器研究機構 |
研究代表者 |
門内 晶彦 大学共同利用機関法人高エネルギー加速器研究機構, 素粒子原子核研究所, 博士研究員 (20709357)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | 原子核衝突 / 光子 / クォークグルーオンプラズマ / 非平衡光子 / 有限密度 / 状態方程式 / 相対論的流体力学 |
研究実績の概要 |
本研究の目的は、高エネルギー原子核衝突における光子生成機構を定量的に理解し、量子色力学の物性に対する知見へと還元することである。原子核衝突において系は衝突、局所平衡化、流体時空発展、ハドロン輸送過程の各段階を経ると理解される。ハドロン崩壊の寄与を除いた光子を直接光子と呼ぶが、これまで直接光子生成の理論計算では、衝突直後に生じる即時光子と流体時空発展中に媒質から生成される熱光子のみが考慮されてきた。本年度はまず、原子核衝突において局所平衡に達する前の段階からの寄与である非平衡光子の評価を行った。この中で非熱的固定点を介した熱化機構モデルに着目し、パラメータ化して流体模型の枠組みに組み込んだ上で、数値シミュレーションによって光子生成を見積もった。その結果、非平衡光子は横運動量分布において、数GeVの運動量領域で即時光子や熱光子と同程度の影響を持ちうることを示した。また非平衡光子の寄与は直接光子の運動量分布の方位角異方性を下げうることを見た。これらの結果は非平衡光子が直接光子を用いた媒質の温度推定など、実験データの理解に重要であることを示唆する。また有限密度における光子生成の理解に向けて、有限密度におけるクォーク物質自体の時空発展を理解する必要がある。系の熱力学的な性質を特徴付ける状態方程式について、保存荷電としてネットバリオンに加えてストレンジネス、電荷を考慮したものを構築した。その上で流体模型の数値評価によりこれが実験データの解釈に重要であることを定量的に示した。また相対論的流体力学には、流速の定義をエネルギー流ととるか(ランダウ系)、保存荷電流ととるか(エッカルト系)の議論があることが知られる。これについて理論が因果律と安定性を満たす条件を導出し、実際に数値計算によって系依存性を評価した。さらに、化学ポテンシャルに加えて渦度がある系におけるハドロン生成の評価を行った。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
研究計画において1年目から2年目前半は、直接光子の評価の際に即時光子と熱光子に加えて、局所熱平衡化前からの非平衡光子とハドロン輸送過程からのハドロン気体光子を考慮したモデルを構築することを実施計画の要としている。2年目後半は高エネルギー原子核衝突における実験データとの比較によって、いまだ未解明の部分が多い衝突初期の局所平衡化過程への知見を得ることを目的としている。本年度は非平衡光子についての数値計算結果が得られており、かつ既に非熱的固定点を介した熱化機構モデルに内包されるパラメータについて実験データにどう表れるかの対応関係をつけることに成功している。また陽子-陽子衝突における直接光子は即時光子として見做されることが多いが、ここに非平衡光子など即時光子以外の寄与がある可能性についても数値的な評価を行うことができた。これらの結果については論文として出版される予定である。さらに、今後の研究計画において必要となる有限密度におけるクォーク物質についての知見を得ることができた。この中で、有限温度・有限密度における強い相互作用の状態方程式の構築についての業績において第14回(2020年)日本物理学会理論核物理領域:若手奨励賞(第21回核理論新人論文賞)を受賞した。これについて流体数値シミュレーションへの応用に関する研究プロジェクトが米国ブルックヘブン国立研究所を中心としたグループとの間で現在進行中である。上記の点を鑑みて、当該研究計画はおおむね順調に進展しているものと言える。
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今後の研究の推進方策 |
これまでの成果を踏まえて、今後はまずハドロン輸送模型における光子生成の定量的な評価を行い、原子核衝突の全ての段階からの寄与を取り入れたモデルを構築することを目指す。特に、光子パズルとよばれる、実験的に観測された直接光子の運動量空間における方位角異方性が理論予測よりも小さい問題について検討を加える。原子核衝突初期に作られる非平衡光子は方位角異方性をさらに押し下げる傾向があるが、ハドロン気体光子は系の異方性が十分大きくなった衝突後期に生成されるため、その寄与は光子パズルの改善にとって重要なものであると期待できる。これまでは流体描像を適応可能範囲外の低温にまで外挿することで推定されてきたが、実際の系は局所熱平衡からすでに大きく離れていることが予想されるため、定量的な評価に意味があると考えられる。また光子と同じく電磁プローブであるレプトン対についても、原子核衝突の各段階からの寄与を取り入れたモデルを構築することができる。光子生成の計算手法を活用できると考えられるため効率的な研究が可能であると共に、共通のパラメータについては直接光子とレプトン対の実験データ双方を利用することで効果的に制限を与えられるようになると考えられる。さらに米国ブルックヘブン国立研究所の相対論的重イオン衝突型加速器や欧州原子核研究機構のスーパー陽子シンクロトロンにおけるビームエネルギー走査実験の進展を見据えて、有限密度の場合や散逸過程がある場合におけるクォーク物質の性質についての知見を深め、光子生成のモデルによる理論的記述の改善へと繋げる。その上で直接光子の実験データから量子色力学の相構造に対する知見が得られるか検証したい。
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