研究実績の概要 |
本研究の目的は, 将来の大型天文観測により得られる銀河団サンプルを理解する上で必要となる理論的な枠組みを開発することである. 初年度では, X線観測と数値実験により較正された銀河団内ガスの物理モデルを用いて, 米国, ロシア, 欧州が進める将来の多波長の銀河団観測データがどの程度正確に銀河団内部のガス物理を制限できるかを予測した. 結果として, 現在進行中のX線観測計画eROSITA, 米国が主導して進める銀河撮像観測LSST, 高精度地上マイクロ波実験CMB-S4という3種類の異なる実験データを組み合わせれば, 銀河団外縁部の乱流による非熱的圧力を15%の統計精度で測定できることを明らかにした. 合わせて, 異なる3種の実験データの相関解析を通じて, 銀河団個数分布の時間進化を捉え, 宇宙加速膨張の要因として考えられている暗黒エネルギーの時間進化を8%の統計精度で制限できることも示した. この結果は, 将来の銀河団観測計画がどういう物理量を制限できるかを網羅的に示すもので, 観測計画立案のガイドラインとして有用である. また, 個々の銀河団の時間進化を理解するために, 宇宙論的N体重力計算を用いて, 銀河団の質量降着の歴史を詳細に調べ, 銀河団周辺の質量分布と銀河団の質量降着に顕著な相関を発見した. この相関は, 銀河団外縁の潮汐場により生じるもので, 昨今の重力レンズ効果を用いた銀河団質量分布の解析に系統的な影響を与えることがわかった.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
初年度は銀河団の準解析モデルを通じて, ガス物理に関する広範なパラメタ領域を探査し, 宇宙論に関する制限との縮退を網羅的に調べることができた. 多波長の実験データを念頭に置いた理論解析は珍しく, 将来観測を推進するにあたり重要な役割を果たすものと期待できる. 初年度に開発した準解析モデルは, 宇宙論的N体計算で得られる模擬銀河団に応用でき, X線光度など実際の測定量に根ざした理論研究がさらに進展することが見込まれる.
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今後の研究の推進方策 |
初年度に開発した銀河団ガスの準解析モデルは, 暗黒物質が作る重力ポテンシャルが静的であると仮定しているが, 実際のところ, 銀河団内部の星形成や活動銀河核によるフィードバックの影響を受ける. 次年度は, この点を考慮した準解析モデルの更新を目指す. さらに準解析モデルを, 宇宙論的なN体計算に適応し, 1000を超える模擬銀河団を作成し, 銀河団の多波長での選定の違いが, 宇宙論的な解析に与える影響を定量化する.
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次年度使用額が生じた理由 |
当初は数値データの効率的な解析を目指し, ワークステーションの購入を検討していたが, 2019年度途中から米国ジェット推進研究所で研究活動を行うこととなり, 日本国内でワークステーションのマネジメントを行うことが難しいと判断し, 今年度の購入は断念した. また, 本研究計画は欧米で進められている天文観測への応用を念頭に置いており, 観測機器の性質を理解する目的で, 複数の国外出張を検討していたが, 近年のコロナウィルスの感染拡大の懸念から, 国外出張も取りやめた. 次年度はコロナ禍の先行きが不透明であることから, 国外出張費として考えていた予算は, 物品費に回し, 100-150万円規模の大型ワークステーションとデータ保存用のハードディスクを購入し, シミュレーションによる数値研究を集中的に行う予定である.
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