研究課題/領域番号 |
19K14782
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
飯野 孝浩 東京大学, 情報基盤センター, 特任准教授 (40750493)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | 電波天文学 / 大気化学 / リモートセンシング / テラヘルツ / ビッグデータ / 最適化問題 |
研究実績の概要 |
タイタンは土星系最大の衛星であり,地表で1.5気圧という分厚い大気圧,多様な微量分子(炭化水素,窒素化合物)の存在によって特徴づけられる.本研究では,チリに設置された地上最大のテラヘルツリモートセンサであるアルマの莫大な較正観測アーカイブデータを科学研究用データに変換,周波数(波長)・時間報告に巨大な観測ビッグデータを用いた研究・開発を展開する. 本研究には,微量分子の時空間変動や同位体比からの大気化学過程の理解という理学的チャレンジ,得られた分子スペクトル形状に畳み込まれた分子の奥行き報告の分布という逆問題を解く(大気リトリーバル)という工学的チャレンジの2種の課題がある.本年は,まずオープンソースを用いた大気リトリーバル計算コードの開発に取り組んだ.PythonのOpen MPライクな並列ライブラリを用いた高速化と,新規に購入した物理96コアという現行最大級のコア数の計算機を併せ用いることで,1ー2時間ほどという現実的な計算時間で,窒素化合物(シアノアセチレンなど)の鉛直分布の最尤解を子午線上の7点において導出することに成功した.また,感度を持つ高度や誤差の導出にも併せて成功しており,今後の大量のデータ処理に道筋をつけた. 科学的成果として,アセトニトリル中の14N/15N同位体比の世界で初めての精密な導出に成功したことが随一の成果である.タイタン大気の主成分は窒素であり,その娘分子としてシアン化水素やシアノアセチレンが生成されるが,窒素分子と娘分子群の同位体比は異なっていることが知られており,窒素分子の選択的光解離などによる分別が指摘されていた.我々の導出した同位体比は窒素分子に近く,アセトニトリルを構成する窒素原子は窒素分子の光解離だけでなく銀河宇宙線による解離で生成されたことを示している.本研究成果はプレスリリースし,国内外のメディアに多く取り上げられた.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
工学的チャレンジである大気リトリーバルコードの開発と検証が順調に進み,今後2年間での成果創出に向けた基盤を構築できたことは重要である.大気リトリーバル自体は以前より盛んに行われているが,各研究グループが独自のコードを用いており,その検証が非常に難しいものであった.加えて,惑星大気の構造はいわゆる星間空間に比べると複雑であり,有限の空間的広がりを持つビーム内に多様な箇所からの全く構造の異なる放射が畳み込まれており,その解析にかかるイニシャルコストの大きさから,国内の数多の電波天文学者の新規参入を妨げていた.本コードは複数のオープンソースコードの組み合わせであり,比較的容易に再現が可能である点が重要である. また,理学的チャレンジであるタイタンの大気化学制約についても,高いインパクトファクターの論文誌に論文を掲載することに成功した.本研究は同位体比の測定から分子の生成プロセスの制約につなげたものであり,その科学的意義は大きいと考える.地上大型望遠鏡群を用いたタイタンのリモートセンシングは特に欧米において非常に活発に行われており,カッシーニ探査機およびボイジャー1号探査機のその場観測の蓄積とも併せ,一大研究分野を構成している.しかしながら,国内においては大型望遠鏡による太陽系内天体観測そのものが低調であり,本成果は諸外国にキャッチアップする重要な手がかりとなったと考えられる.実際に,アルマを用いたタイタン大気研究を推し進める海外の研究者からの認知も非常に向上していることを実感している.
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今後の研究の推進方策 |
昨年までの流れを受け,科学成果のさらなる創出を目指す.研究代表者は,これまでの予備解析により,窒素化合物の輝線を含み,十分な空間・波長分解能を持つデータの抽出を行ってきた.ボイジャー1号やカッシーニ探査機によるリモートセンシング観測から,これら窒素化合物分子群は南北極に局在し,季節変化に伴う大規模な時空間変動を示すことが明らかになっている.特に,アセトニトリルおよびシアノアセチレン分子の輝線強度の南北半球における比をとると,シアノアセチレンは低高度において早いタイミングで強度変化が起こっているのに対し,アセトニトリルでは高度間の変化は見られないことがわかった.これはシアノアセチレンの生成・消滅が低高度で活発に起こり,鉛直拡散に卓越した速度であることを示すものである.カッシーニ探査機での観測は高度方向の情報がないため,このように化学反応の様相を3次元的に明瞭に示したのは本研究が世界初である.本研究では,輝線形状からの鉛直分布の導出と,明瞭な観測結果である強度比を併せ用い,年度内の論文化を目指す. また,有機分子13C同位体比導出による化学反応過程の制約にも取り組む.シアノアセチレンが含む3つの炭素原子における炭素同位体比は星間空間においてよく調べられており,星無しコア,低質量星形成領域,大質量星形成領域において異なる値を取ることが知られている.この同位体比異常はシアノポリイン分子を形成する2グループ,すなわちアセチレンC2H2とシアン化水素HCNおよびこれらのイオンとラジカルの形成過程を反映している.我々はすでにHC3Nの13C置換体を多数検出しており,その同位体比異常を星間空間と比較することで,タイタンにおける上記2グループの生成過程の星間空間との相違の解明を目指す.
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