研究課題
宇宙空間への大気散逸は、過去から現在への火星の気候変動において主要な役割を果たしたと考えられている。本研究では、火星探査機MAVENの観測データの解析から、有力なイオン加速機構である磁気リコネクションが、火星イオン流出において果たす役割を解明することを目的とする。本年度は、研究実施計画に基づき、MAVENが取得した磁場データを用いて電流シートの統計調査を行った。現在までに入手可能な長期間のデータから、自動判定アルゴリズムによって多数の電流シートを抽出した。その結果、火星周辺空間で形成される電流シートは、特定の高度や地域に局在しているのではなく、広範囲に渡って分布していることがわかった。さらに、同定された電流シート通過イベントについて、イオンデータの解析を行い、磁気リコネクションによって生成されるイオンジェットの有無を調べた。その結果、従来の研究で統計調査された夜側磁気圏尾部だけでなく、昼側上部電離圏においても多数のイオンジェットイベントが見つかった。これは、火星周辺空間では、昼夜を問わず磁気リコネクションが頻発していることを示唆する結果である。また、上記の電流シート調査において高時間分解能の磁場データを詳細に調べた際に、火星上部電離圏において未報告の波動現象が見つかった。そこで新たに見出された波動現象を詳しく調べたところ、この波動は火星上部電離圏に侵入した太陽風起源のプロトンの不安定な速度分布によって駆動され、電離圏起源の冷たいプロトンを加熱することがわかった。つまりこの波動現象は、太陽風から電離圏プロトンへのエネルギー輸送の一翼を担っており、本研究計画で着目している磁気リコネクションと相補的なイオン加速・加熱機構であると言える。この解析結果をまとめて論文として公表した。
2: おおむね順調に進展している
計画通り、MAVENによって取得された磁場データから電流シート通過イベントを多数同定し、電流シート特性の統計調査を実施した。また、その過程で予想外の波動現象が見つかったため、この波動の発生率の空間分布とパラメータ依存、駆動源、電離圏プロトンへの影響を調べた。この成果は論文にまとめ公表した。さらに、2020年度に開始する予定であった、電流シート通過時に観測されるイオンジェットの調査にも着手することができた。よって、本研究課題の進捗は概ね順調であると言える。
研究実施計画に従い、MAVENが取得した磁場・電子・イオンデータから、火星上部電離圏で観測された磁気リコネクションイベントの特性を調べる。これまでに同定した電流シート通過イベントとイオンジェットイベントについて、電子(磁気トポロジーの変化)および磁場(ホール磁場、電流シートに垂直な磁場成分)の極性の整合性から、磁気リコネクションイベントを総合的に同定する。磁気リコネクション発生確率の地理分布を作成し、平均的な磁気リコネクション発生率を推定する。さらに同定された磁気リコネクションイベントについて、磁場とイオンの観測データから電流シートの空間サイズを、イオンデータから磁気リコネクションによって加速された火星電離大気イオンのフラックスを導出し、個々のイベントのイオン流出率を推定する。多数の磁気リコネクションイベントから、平均的な流出率を推定する。上記の解析結果から磁気リコネクションによる総流出率の平均量を推定し、イオン加速機構を分けずに導出されたイオン流出率の観測結果と比較することで、現在の火星イオン流出における磁気リコネクション加速の相対的な寄与を議論する。さらに、これらの特性の上流太陽風パラメータへの依存性を明らかにする。
論文出版経費および外国旅費が想定より低く済んだことが主な理由である。次年度に必要な物品費および成果発表費として有効に使用する予定である。
すべて 2020 2019
すべて 雑誌論文 (1件) (うち国際共著 1件、 査読あり 1件) 学会発表 (4件) (うち国際学会 2件)
Journal of Geophysical Research: Space Physics
巻: 124 ページ: 8707~8726
10.1029/2019JA027312