研究課題
金星は地球の双子星であるが,この二つの惑星は全く異なる気候進化を遂げた.本年度は金星の光学的に厚い硫酸雲の雲頂高度付近(約70km)における光化学反応の担い手となる微量大気の空間分布を把握するため,地上望遠鏡IRTFの高分散分光装置iSHELLで取得した近赤外分光データの解析を中心に研究を実施した.iSHELLのLバンド(3-4μm)モードを用いて観測される金星昼面の反射太陽光スペクトルには,二酸化炭素(CO2),水蒸気(H2O,HDO),塩化水素(HCl)の吸収線が複数含まれており,これに放射伝達モデルを用いた反転解析を行うことで,CO2吸収線からは雲頂高度が,他の分子からは雲頂高度までのカラム量を導出することができる.2020年8月18日-20日に西方最大離角付近に位置する金星の観測を実施し,2018年8月5日-7日に東方最大離角付近に位置する金星を観測した同様のデータと結合し,iSHELLデータに最適化した大気物理量導出のための反転解析手法を確立した.初期結果ではあるが,CO2吸収線から導出した雲頂高度は,1年目に得られた探査機「あかつき」の2μmカメラ(IR2)の近赤外画像から導出した雲頂高度(Sato et al., 2020)と同様の分布をしていることが分かった.HClについては,先行する地上望遠鏡観測と探査機「Venus Express」の結果に大きな差異(雲頂高度付近で混合比にして1桁の違い)があることが報告されている.今回得られた結果は,これまでの地上望遠鏡観測の結果を支持するものであった.
2: おおむね順調に進展している
地上望遠鏡IRTFの高分散分光装置iSHELLを用いて,2018年に引き続き,2020年にも観測を実施できたことで,金星の異なる太陽地方時を網羅したデータセットを取得することができた.また,このデータセットの校正やiSHELLデータの反転解析に適したコード開発も終了しており,初期結果を得るまでに至っている.現在は,観測データの波長校正をより精度の高いものとすべく,iSHELLデータの校正ソフト (Spextool) を開発している担当者と議論中である.この問題が解決すれば,本研究期間中に,最終的な雲頂高度とHClの緯度分布の導出,そして研究成果の論文化を行うことは十分可能である.以上から,研究はおおむね順調に進展していると考えている.
2年目に手掛けた金星大気の高分散分光データから微量大気の空間分布を把握することを継続実施する.既に初期成果は得られており,観測データの波長校正を改良すれば,最終的な研究成果を得ることができる状態となっている.また,「あかつき」のIR2が2.26,2.32μmフィルターを用いて取得した金星の夜面画像については,長らく昼面からの漏れ込み光等の影響によりデータ校正に時間を要していたが,校正手法を確立することができた(Satoh et al., 2021;研究代表者は共著者).次のテーマとして,この夜面画像を用いて,雲層下部の一酸化炭素(CO)の時空間分布を明らかにしたい.また,金星が内合となる2022年1月付近にIRTFの近赤外分光装置SpeXを用いた観測を提案しており,採択されれば,「あかつき」の近赤外画像データ解析を補助するものとしてCOの時間変動についても研究を実施する.
新型コロナウイルス感染拡大のため,対面による研究打ち合わせが困難となり,国内・国際学会がオンライン開催となったことにより,計上していた旅費の使用が不可能となったためである.次年度もこの状況は大きくは変わらないと考えられるので,更なる計算機環境の拡充を予定している.
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すべて 雑誌論文 (2件) (うち国際共著 2件、 査読あり 2件、 オープンアクセス 2件) 学会発表 (3件) (うち国際学会 1件、 招待講演 1件)
Icarus
巻: 355 ページ: 114134~114134
10.1016/j.icarus.2020.114134
Science
巻: 368 ページ: 405~409
10.1126/science.aaz4439