研究課題/領域番号 |
19K14800
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研究機関 | 国立研究開発法人海洋研究開発機構 |
研究代表者 |
森岡 優志 国立研究開発法人海洋研究開発機構, 付加価値情報創生部門(アプリケーションラボ), 副主任研究員 (90724625)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2023-03-31
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キーワード | 南極海 / ウェッデル海 / 海氷 / 10年規模変動 / 予測 / 大気海洋結合モデル |
研究実績の概要 |
南極海の海氷には10-20年の周期をもつ変動が見られ、太平洋と大西洋で海氷の変動が大きい。太平洋の海氷変動については数多くの研究が行われてきたが、大西洋(ウェッデル海)の海氷変動は十分に調べられておらず、物理プロセスや予測可能性が十分に理解されていない。本研究では、大気海洋結合モデルを用いて、ウェッデル海の海氷に見られる10年規模変動の物理プロセスを調べ、海氷の変動の予測可能性を明らかにすることを目的とする。 大気海洋結合モデル(SINTEX-F2)を用いて、300年の積分計算を行ったところ、ウェッデル海の海氷が10年から20年の周期で変動する様子を再現することができた。海氷の少ない年代には、南半球の大気変動(環状モード)がウェッデル海で西風を強め、北向きの表層海流(エクマン流)が強まることで、亜表層から温かい海水が湧昇し、表層水温が上がり海氷が減っていた。南半球の大気変動を抑えた実験を行ったところ、海氷の少ない年代には、ウェッデル海で時計回りの海洋循環(ウェッデル循環)が弱まり、他の海域から冷たい海水が入りにくくなり、ウェッデル海の表層水温が上がり海氷が減っていた。大気と海洋、海氷が相互に作用し、海氷の10年規模変動を生じていることがわかった。 一方、大気海洋結合モデルを用いて、モデルの海氷密接度と海氷厚を再解析値(観測の推定値)に近づけて(初期化して)から、1年先まで海氷の予測実験を行ったところ、過去に観測されたウェッデル海の海氷を6ヶ月先まで精度良く予測できた。ウェッデル循環の影響を受けて、モデルの海氷の初期値が持続することで、海氷の変動を予測できることがわかった。今後は予測実験を10年先まで伸ばすことで、海氷の10年規模変動を予測できることが期待される。 以上の研究成果を2つの論文として出版し、2つのプレスリリースを行い、国内外の学会で発表を行うことができた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
南極海の大西洋域に位置するウェッデル海の海氷の10年規模変動について、大気海洋結合モデル(SINTEX-F2)を用いて長期積分の実験を行い、物理プロセスを明らかにすることができた。先行研究で指摘されていた南半球の大気変動(環状モード)だけでなく、ウェッデル海の海洋循環(ウェッデル循環)の変動が水温の変動を通して海氷の10年規模変動をもたらしていることは新しい知見であり、論文として出版し、プレスリリースすることができた。 また、大気海洋結合モデルを用いて、モデルの海氷密接度と海氷厚の入力値を再解析値(観測の推定値)に近づけて(初期化して)から海氷の予測実験を行うことにより、ウェッデル海の海氷を6ヶ月先まで精度良く予測することができた。先行研究では数ヶ月先までしか海氷を予測することができなかったが、モデルの海氷の入力値を修正することで、予測期間をさらに伸ばすことができた。これらは海氷の10年規模変動の予測にも応用できる成果であり、論文として出版し、プレスリリースすることができた。 以上の成果を踏まえて、大気海洋結合モデルを用いて、モデルの海洋(水温と塩分)と海氷(海氷密接度)を初期化した10年予測実験を行っている。モデルの海洋を初期化した実験に比べて、モデルの海洋と海氷を初期化した実験のほうがウェッデル海の海氷の予測精度が8-9年先まで高かった。ウェッデル循環による海氷輸送の効果で、モデルの海氷の初期値が持続し、海氷の10年規模変動を精度良く予測できることがわかった。また、ウェッデル海は、水温や塩分など海洋の観測データが少なく、モデルの海洋を観測データで初期化しても効果が小さいことがわかった。そのため、ウェッデル海の海氷予測には、モデルの海氷を正しく初期化することが重要である。 以上の成果を論文として国際誌に投稿し、現在査読中であり、当初の計画通り進展していると言える。
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今後の研究の推進方策 |
本研究では、ウェッデル海の海氷に見られる10年規模変動の物理プロセスについて、大気と海洋、海氷の相互作用の役割を明らかにすることができた。しかし、ウェッデル海には深さ数千mに及ぶ深い対流現象が存在することが知られており、本研究で用いた大気海洋結合モデル(SINTEX-F2)では十分に再現できておらず、その影響を十分に評価できていない。そこで、ウェッデル海の深い対流現象を再現できる大気海洋結合モデルを用いて、海洋内部の変動が海氷の10年規模変動にどのような影響を与えるか、今後調べていく必要がある。 また、本研究では大気海洋結合モデルを用いて、海洋(水温と塩分)と海氷(海氷密接度)を初期化した10年予測実験を行い、ウェッデル海の海氷に見られる10年規模変動の予測可能性を示すことができた。一方で、モデルの海氷厚を初期化する実験を行っており、海氷厚を初期化しない実験に比べて、ウェッデル海の海氷を6ヶ月先まで精度良く予測できることが分かった。今後は、モデルの海氷厚を初期化した10年予測実験を行うことで、海氷の10年規模変動をより精度良く予測できることが期待される。 本研究では、ウェッデル海を中心に研究を行ってきたが、海氷の10年規模変動は太平洋域(ロス海、アムンゼン・べリングスハウゼン海)でも大きいことが知られている。特に、ロス海では近年、海氷が有意に増加している。これまで太平洋域の海氷に見られる十年規模変動の物理プロセスについて数多くの研究が行われてきたが、予測可能性について調べられていない。本研究で行った大気海洋結合モデルの予測実験を太平洋域に応用することで、ロス海で見られる海氷の増加など、10年先まで精度良く予測できているか、明らかにすることができる。 これらの研究を通して、南極海の海氷に見られる長期変動の理解を深め、予測精度の向上に貢献していく予定である。
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次年度使用額が生じた理由 |
本研究で行われた、大気海洋結合モデルの実験結果を保存するため、当該年度にストレージケース一式を購入する予定であったが、コロナ感染症の影響を受け、納期が大幅に遅れてしまった。そのため、次年度に予算を繰越し、ストレージケース一式を購入する予定である。
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備考 |
2つの論文について、それぞれプレスリリースを行なった。
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