研究実績の概要 |
原生代前期における大気酸素オーバーシュート仮説を検証するために、本年度はオーバーシュート前後に堆積したと考えられる堆積岩を対象に、Mo同位体分析を行い、大気および海洋の酸化還元環境復元を制約した。 まず、大気の酸化還元環境を明らかにするために、約23.5億年前に浅海域で堆積したカナダ・ヒューロニアン累層群のサーペント層・エスパニョーラ層より採取された砂岩・泥岩を対象に、系統的なMo同位体分析を行った。2019年度に行ったエスパニョーラ層のデータも含めると、平均値としてd98/95Mo = 0.15 ± 0.24‰が得られた。得られた値は、近年、氷河性ダイアミクタイトの分析により制約された太古代の上部大陸地殻のMo同位体比(d98/95Mo = 0.03 ± 0.18‰)と概ね一致する (Greaney et al., 2020 EPSL)。この結果は、オーバーシュート前のサーペント層・エスパニョーラ層が堆積した時期は、大陸地殻の酸化的風化が十分に作用しておらず、大気酸素濃度が低かったことを支持する。 一方、海洋の酸化還元環境を明らかにするために、約20億年前に堆積したインド・バスタークラトンの縞状鉄鉱層を対象に、Mo同位体分析を行った。縞状鉄鉱層のMo同位体比は、-0.3から1.2‰と大きくバラつくが、Fe/Mn比と正の相関を示した。これらの特徴は、還元的な海洋が拡大した時期に堆積した、18から19億年の縞状鉄鉱層のMo同位体比とも一致している(Planavsky et al., 2014 Nature Geoscience)。バスタークラトンの縞状鉄鉱層が堆積した時期には、還元的な海洋環境が拡大していた可能性が考えられる。 本年度、得られた結果を総合すると、大気酸素オーバーシュートが起きたと考えられている22から20億年前の前後では、大気と海洋ともに還元的な環境が広がっていた可能性が分かってきた。この見解は、近年、23億年前の堆積岩より報告された質量に依存しない硫黄の同位体効果(MF-S)とも調和的である (Poulton et al., 2021 Nature)。
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