本研究は、感染症拡大に伴い渡航が困難になったことを受けて、当初予定していた研究計画の範囲及び研究内容について軽微な変更を行いながら遂行してきた。 本年度は、2021年度にも実施したストンボロー邸の初期構想において、建築家パウル・エンゲルマンが描いたスケッチ(平面・立面・外観パース・内観パース)の3DCGによる分析作業を発展させて、より詳細に立体的な空間特徴の把握、各スケッチにみられる表現方法とその建築部位の特徴の抽出を行うことで、一連のスケッチに見出された建築言語の変容過程を描出した。これまでのストンボロー邸の近代建築史上における位置付けは、哲学者ウィトゲンシュタインが携わったことが注目され、彼の著作『論理哲学論考』との関係性が指摘されてきた。しかしながら本研究で得られた視座は、ウィトゲンシュタインが関与する以前に描いたエンゲルマンのスケッチに、最終的に竣工する邸宅の建築的特徴である「ホールを中心とした平面計画」、「壁面の左右対称性」、「観音開きのガラス製ドア」、「ふかし壁」がすでに構想された痕跡を読み取ることができ、エンゲルマンの一連の設計作業も看過できないことを指摘した。以上の研究成果は、2024年5月に掲載される日本建築学会計画系論文集において査読付き論文として採用されている。 研究期間全体を通して、ストンボロー邸に内在する建築的特徴を建築論的な立場から解釈するため、エンゲルマンの建築家としての役割と思考の範囲を正確に描出することを遂行してきた。そうして本研究で明らかにしたエンゲルマンの建築言語は、エンゲルマンとウィトゲンシュタインの曖昧性を有してきた協働設計の意味を捉えなおすという、新たな研究基盤を構築することができた。
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