本研究では、流動性を有するソフト界面を反応場とした酵素反応による重合反応の構築に取り組んだ。主たる反応系として、実用プロセスに利点のある食品工業用ラッカーゼを用いた導電性ポリアニリン-エメラルジン塩(PANI-ES)の酵素合成系を詳細に検討した。 2019年度には界面活性剤のAOTで形成したベシクルが最適な反応場としてテンプレート効果を発揮することを見出した。また、アニリンとアニリン二量体(PADPA) を複合基質とすることで、導電性を担うポーラロンが長期安定化することを明らかにし、最適な複合割合を決定した。 2020年度にはラッカーゼの特性評価と最適濃度を決定した。また、生成物に硫酸基を有する糖鎖を複合させることで安定なフィルムを得ることに成功した。本反応系で得られたPANI-ESは、既往の合成法と比較して水相への分散性が極めて優れており、インクジェットプリンティングが可能なことを明らかにした。 2021年度では生成物の詳細な評価により、本反応で得たPANI-ESがポーラロンを豊富に含有しており、主たる生成物がアニリン四量体であることを明らかにした。また、定量性に優れたモデル基質を用いて、Michaelis-Menten式とHillの式で解析した結果、AOTベシクルは酵素基質複合体の形成に負の効果を生じないことを示した。蛍光標識を用いたAOTベシクル膜の流動性評価から、PADPAとAOTの相互作用によりベシクル界面に安定化した領域が形成されることで、PANI-ESが選択的に合成される機構を明らかにした。さらに、本反応系にチロシン、並びにフェノールを適用した反応生成物を評価し、pHの制御によって結合部位の異なる重合物が得られる可能性を見出した。 本研究の成果により、酵素反応による環境調和型プロセスを幅広い機能性材料の合成法への応用に向けて、大きな貢献を果たすと確信している。
|