本研究では、原子間力顕微鏡(AFM)で機械的に外力を印加した際にがん細胞から排出される塩化物イオンを測定することで、細胞圧縮状態における塩化物イオンチャネルClic1の機能を明らかにすることを目的としている。2021度はClic1の塩化物イオン排出が、がんの浸潤・遊走に寄与するメカニズムを明らかにするために、まずClic1ノックアウト(CKO)株の樹立と塩化物イオン排出能評価を行った。CKO株はゲノム編集により高転移性マウス乳がん細胞を用いて作成した。塩化物イオンと相互作用することで蛍光強度が減少する蛍光色素(MQAE)を導入した細胞に対して、AFMを用いて外力を印加し、外力印加前後の細胞内蛍光強度を算出することで塩化物イオン排出能を評価した。元株と比較して、CKO株では外力印加10分後の蛍光強度が有意に低いことから、機械的な外力印加による塩化物イオン排出にClic1が関与することが明らかとなった。この塩化物イオン排出は細胞膜伸展によってチャネルが開口することで誘起されると考えている。 また、元株及びCKO株の浸潤性及び遊走性を評価した結果、これまでの報告と同様にCKO株は元株と比較して浸潤性・遊走性ともに低下することが確認された。一方で、細胞弾性率及び細胞運動速度を評価した結果、元株とCKO株の間に有意な差は確認されなかった。よってClic1のKOによる浸潤性・遊走性の低下は細胞が固くなる、あるいは運動速度が遅くなったためではなく、塩化物イオン排出能が低下し、容積調節能が低下したためであると示唆された。
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