研究課題/領域番号 |
19K15400
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研究機関 | 国立研究開発法人日本原子力研究開発機構 |
研究代表者 |
寺澤 知潮 国立研究開発法人日本原子力研究開発機構, 原子力科学研究部門 原子力科学研究所 先端基礎研究センター, 博士研究員 (90772210)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2021-03-31
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キーワード | グラフェン / 表面再構成 / 角度分解光電子分光法 / エネルギーギャップ / 熱放射光 |
研究実績の概要 |
本研究ではAu(100)基板上に作製したグラフェンの構造・電子状態・光物性の関係を明らかにすることを目的とする。特にAu(100)基板の表面の構造変化に伴う一次元ポテンシャルの形成がこれらグラフェンの特性を変化させる機構に注目する。これまではAu箔基板上へのグラフェンの形成が報告されていたが、Au(100)単結晶基板上での作製は報告がなかった。そこで2019年度はAu(100)単結晶基板上へのグラフェン作製とその評価を試みた。 900℃に加熱されたAu(100)基板にグラフェンを作製する際に、Au(100)基板の表面再構成によってHex-Au(100)構造と呼ばれる一次元周期構造が形成することを、低速電子線回折(LEED)法によって確認した。その際のグラフェンの電子状態を角度分解光電子分光(ARPES)法によって評価したところ、グラフェンのフェルミエネルギーから0.85eV程度の位置に0.1eV程度のエネルギーギャップが形成することを見出した。また、グラフェン成長中の熱放射光を申請者の独自技術である熱放射光学顕微(Rad-OM)法によって観察した結果、通常得られるはずの熱放射コントラストが消失したことがわかった。 続いて、900℃に加熱されたAu(100)基板にグラフェンを作製する際に、水素の供給を加えた。このときHex-Au(100)構造が一部で壊れ、1x1-Au(100)構造が形成することをLEEDで確認した。ARPES法によってはグラフェンの電子状態にエネルギーギャップが形成しないことが確認された。この試料の作製においては、熱放射光のコントラストが得られた。 以上の結果は、水素供給に伴うHex-Au(100)構造形成の有無がグラフェンの電子状態を変調させることを示し、光物性にも影響を与えていることを示唆している。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
2019年度は本研究で必要不可欠なAu単結晶基板上へのグラフェン作製を達成した。さらに、LEEDやARPES、Rad-OM法といった本研究の基盤となる測定手法によってグラフェンの構造、電子状態、光物性を評価し、特にHex-Au(100)の表面再構成と電子状態および光物性の関係を明らかにすることができた。具体的には、水素供給せずグラフェン作製したAu(100)基板ではHex-Au(100)構造が形成するのに対し、水素供給しながらグラフェン作製したAu(100)基板ではその一部が壊れていた。この違いは、ARPES測定においてグラフェンのエネルギーバンドにギャップが生じるか否かの違い、Rad-OM法による観察において熱放射光コントラストが得られるか否かの違い、と対応していた。すなわち、Hex-Au(100)構造によってグラフェンの電子状態・光物性が変調されることを明らかにした。 また、2019年度においては熱放射光の顕微観察に加えて分光観察を行うための装置を構築した。標準的な試料であるCu基板上のグラフェンからの熱放射光を観察したところ、十分な強度を得られることを確認した。今後はAu基板上のグラフェンの熱放射光を観察し、標準的な試料との違いからHex-Au(100)および1x1-Au(100)構造上のグラフェンの光物性を議論する。 以上のように本研究は研究実施前に期待していた通り順調に進展していると言える。
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今後の研究の推進方策 |
2020年度においては水素を供給せず作製したAu(100)基板上のグラフェンのエネルギーギャップの起源を解明することを目的とする。最も有望な起源はHex-Au(100)構造の一次元周期ポテンシャルであることから、逆格子空間におけるエネルギーギャップの位置や周期性がHex-Au(100)構造と一致するかどうかをより詳細なARPES測定に基づいて議論する。また、熱放射光の分光によって熱放射光コントラストの有無が光物性の変調と対応するか否かを解明する。可能であれば走査型トンネル顕微鏡(STM)などLEED以外の構造解析によってAuの原子配置をより詳細に明らかにし、原子配列・電子状態・光物性の関係を解明することを目指す。 これらの実験のためには、Hex-Au(100)構造が完全に壊れた試料を作製する必要がある。2019年度の研究の過程で、水素の供給流量がHex-Au(100)構造の有無およびグラフェンの欠陥の有無に大きな影響を与えることがわかった。2019年度においては水素供給量を20-1000sccmの範囲でしか制御できなかったため、格子欠陥のあるグラフェンもしくはHex-Au(100)構造が一部残る試料しか作製できなかった。2020年度は水素の供給量をこれまでと異なる範囲で変更できるマスフローコントローラを購入し、Hex-Au(100)構造が完全に1x1-構造に戻った試料を作製する。この試料とこれまで得られたHex-Au(100)試料との差を明確にすることで、原子配列・電子状態・光物性の関係の解明を進めることを狙う。
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次年度使用額が生じた理由 |
2019年度において、より広い波長領域を観察できる近赤外光分光器を購入するなど、研究費の効率的な使用に努めた結果、2020年度使用額が発生した。2019年度の研究によって水素ガスの供給量が試料に与える影響が重大であることがわかったため、現在使用しているマスフローコントローラを更新する必要性が判明した。2019年度の助成金ではマスフローコントローラの金額に対して大幅に不足するため、2020年度分として請求した助成金と合わせて購入することで、より効率的な研究の実施を可能にする。
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