これまで高速原子間力顕微鏡(高速AFM)によって、生命現象を司る様々なタンパク質の機能動態が生理条件下で明らかにされてきた。さらに、より広域な走査が可能なスキャナーの開発により、タンパク質だけではなく細菌や生細胞などの複合体の表面動態の可視化にも成功している。高速AFMはナノスケールで対象の構造ダイナミクスを捉えることができる唯一の顕微鏡であるが、「硬さ」や「粘弾性」といった機械特性を定量化することは困難であった。また、近年細胞レオロジーのような機械特性の変化が細胞増殖や細胞死の誘導、がん細胞の転移などの過程において益々重要視されているが、高速AFMも含めて未だにその経時変化をナノメートル精度で捉えた例は報告されていない。本研究は高速AFM技術を基盤として、生体試料の構造ダイナミクスのみならず、硬さや粘弾性といった機械特性のダイナミクスを同時に高時空間分解能で計測することが可能な新規顕微鏡技術の開発を目指している。 2019年度においては特に制御用ソフトウェアの改良・開発に従事した。現状では対象の粘弾性を定量化する際には、フォースカーブとして指定した一点のみで測定することしかできなかった。本研究では機械特性を多点において測定する必要があることから、ソフトウェアの改良は急務であった。最近開発されたin-line force モード(Ganser et al. 2019)の持つ高速機械特性をここでも応用することによって、現在では50×50ピクセルにおいて約5sec/frameの取得速度で脂質膜とガラス基板の特性の違いを可視化することが可能となっている。今後はカンチレバーホルダーやZスキャナーなどのハードウェアにおける改良も加えることでさらなる高速化を目指す。
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