本研究の目的は32億年前の縞状鉄鉱層に含まれる炭素質物質の分析から大酸化イベント前の縞状鉄鉱層形成に関与した微生物及び共生微生物相を明らかにすることである。令和4年度の課題は有機炭素分析から得られたデータが岩石記載や無機化学分析から得られた堆積場モデルと整合的かどうかを検証することであった。しかしながら、令和2、3年度に得られた有機炭素の分光分析・電子顕微鏡観察の結果は炭素質物質が微化石に期待される構造を有していないことを示した。炭素質物質は可視光に対して高い透過性を示し、ミクロンサイズの粒子の集合体が薄膜に内包された構造をもつ。STXM分析及び透過型電子顕微鏡観察による回折パターンはこの炭素質物質がグラフェンを含むことを示唆している。これらの特徴はこれまでに発見されている太古代の生物由来有機物と全く異なる。そこで令和4年度は岩石が被った温度・圧力範囲において生物由来有機物が地殻内でどのような形態をとり得るか関連研究者と議論を重ねた。太古代の微生物圏は酸素に枯渇した条件で繁茂しており、現在とは異なる有機物分解の機構や埋没システムが働いていたと考えられる。特に酸素を必要とする好気性微生物による有機物分解がないことは、埋没時の有機物の構造に大きな影響を与えるはずである。議論の結果、32億年前の海洋では生物由来有機物、特に多糖類を含むバイオフィルム等が顕著な微生物分解を経ずに堆積・埋没し、初期続成作用における岩石-流体反応で溶解再沈殿を経て、グラフェン構造に富む特異な炭素質物質を形成させた可能性が示唆された。
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