研究課題/領域番号 |
19K15498
|
研究機関 | 国立研究開発法人物質・材料研究機構 |
研究代表者 |
廣井 卓思 国立研究開発法人物質・材料研究機構, 若手国際研究センター, ICYS研究員 (20754964)
|
研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2022-03-31
|
キーワード | 電子衝撃イオン化 / 光ドレスト効果 |
研究実績の概要 |
本年度は、昨年度から主に解析を進めることによって、一光子授受に対応するレーザーアシステッド電子衝撃イオン化を明確に観測した。 独自に開発した、1000 eVの入射電子によって引き起こされた電子衝撃イオン化により発生した散乱電子と放出電子のコインシデンス計測装置を用いて、波長1030 nm・繰り返し周波数100 kHzのレーザーを光源として、Ar原子の3p軌道からのレーザーアシステッド電子衝撃イオン化の観測データの解析を進めた。電子衝撃イオン化のエネルギー分解能は高速電子及び低速電子それぞれのエネルギー分解能によって決まる。高速電子については、入射電子エネルギーを変化させて測定した弾性散乱電子の測定によって0.6 eV程度のエネルギー分解能を達成できていたが、低速電子のエネルギー分解能を上げることが困難であった。そこで、レーザー電場がない条件において測定したArの電子衝撃イオン化のコインシデンスマップを用いた高精度な低速エネルギーの決定法を開発した。高速電子とコインシデンス計測された低速電子の位置情報をマッピングすることによって、低速電子のエネルギー分解能として0.3 eVを達成し、今まで観測されたことのなかった一光子授受に対応するレーザーアシステッド電子衝撃イオン化を世界で初めて観測することに成功した。 実験的には、光と電子の間で生じていたタイミングジッターを抑えるため、トリガーとして用いていたフォトダイオードからの信号を、コンスタント・フラクション・ディスクリミネーターを介してディレイジェネレーターに入力する形にシステムを改良した。この改良によって、n = +1のレーザーアシステッド電子衝撃イオン化が観測されるエネルギー領域におけるノイズのカウント数を10時間あたり1カウントにまで抑えることに成功した。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
(1)令和2年度の目標としていた、Ar原子を用いたレーザーアシステッド電子散乱及び電子衝撃イオン化の同時測定については、すでに昨年度達成をしていた。その後、装置のエネルギー校正の高精度化によって、n = +1しか判別できていなかったレーザーアシステッド電子衝撃イオン化過程について、n = -1の過程についても観測されている可能性を見出した。n < 0のレーザーアシステッド電子衝撃イオン化過程を観測するにあたっての主なノイズ源は、電子衝撃イオン化を起こした後の高速電子が分析器内の残留Arガスによって非弾性散乱を起こす過程であると考えられ、この過程を取り除くための実験条件の検討が必要であると示唆された。 (2)レーザー場下におけるAr原子の電子衝撃により発生した高速電子と低速電子のコインシデンス測定によって、想定していた電子衝撃イオン化過程に加えて、競合する過程である電子衝撃励起に続く多光子イオン化についても高いエネルギー分解能で観測が可能となった。そして、この過程を用いることによって、電子パルスとレーザーパルスの時間的重なりを3 ps程度の精度で決定できることを示した。これは、電子パルスとレーザーパルスの速度不整合を考慮すると、十分に高い精度である。
|
今後の研究の推進方策 |
(1)今回の実験で得られた、Ar原子からのレーザー電場がない条件において測定した電子衝撃イオン化の微分散乱断面積を基にした数値シミュレーションを行うことによって、電子軌道選択的な光ドレスト効果の影響を定量的に評価することを試みる。今までに報告されてきたレーザーアシステッド電子衝撃イオン化の理論予測は、電子軌道を一つしか持たない水素やヘリウムに対するものであった。この理論をAr原子に拡張するための手法について検討する。 (2)本年度進めた解析の結果、コインシデンス条件をかける前後でのカウント数の変化から、本装置における高速および低速電子の捕集効率を定量的に評価できる可能性を見出した。この解析を進めることによって、三重微分散乱断面積の理論予測と比較可能な形で、捕集効率の実験的算出を試みる。 (3)本研究事業で得られた実験結果をまとめて、国内外の学会での口頭発表を行い、さらに論文誌に投稿することによって対外的に研究成果を発信していく。
|