前年度は最大400 MPaまでの圧力下でサイクリックボルタンメトリ(CV)測定が可能な電気化学実験装置を構築し、フェロシアン化カリウム/フェリシアン化カリウム水溶液(以下フェロ/フェリと表記)の酸化還元電位Fe(II)/Fe(III)が圧力印加によって高電位側にシフトすることを明らかにした。本年度は、このような圧力シフトが錯体分子の構造によってどのように変化するのか調査した。フェロ/フェリと同様にCNが配位子の鉄錯体であるプルシアンブルー(以降PBと表記)について測定を行った。PBもフェロ/フェリと同様、酸化還元電位は圧力が高くなるほど高電位側にシフトしたが、PBの圧力シフトの程度(約1 mV/MPa)は、フェロ/フェリの約半分程度であった。この違いは、酸化還元前後の分子体積の変化の程度が両者で異なることに由来すると考えられる。どちらも酸化体方が、還元体よりも大きな分子体積をとる分子であり、この体積差はフェロ/フェリの方が大きい。体積変化を起こすのに必要な仕事量が圧力の影響を受けたと考えれば実験結果をうまく説明できるからである。PB以外の試料として、ビピリジンを配位子とした鉄錯体などの測定も行ったが、酸化体‐還元体間の体積変化が大きな試料ほど顕著な圧力シフトが観測され、分子体積変化と酸化還元電位に相関があるとする仮説を支持するデータが得られた。 鉄錯体はすべての生物の生命活動に必須の元素であるが、生体内の鉄錯体の多くはタンパク質に囲まれた状態で存在する。このような鉄含有タンパク質の酸化還元電位が圧力の影響をどの程度受けるのか調査することは、生命の起源の解明や地球外生命圏の推定に有用であると考えられる。本研究では鉄含有タンパク質の代表例としてヘモグロビンの測定を試みたが、CV法によるピーク検出は困難であった。今後、分光電気化学的な測定による調査を行ってゆく予定である。
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