研究実績の概要 |
一重項分裂(singlet fission,SF)は一つの励起一重項状態から2つの三重項状態を形成する反応で、太陽電池の効率を引き上げる方法として注目されている。 一重項分裂反応はスピン許容遷移であり、まず一重項状態の三重項励起子ペア1(TT)が形成される . 次にそれが五重項状態5(TT)へと変換される. これは実際に時間分解電子スピン共鳴 (TREPR)法で近年観測された(Weiss et al., Nature Physics 2017, Tayebjee et al., Nature Physics 2017)。多重励起子が五重項状態を形成する ことで、S0 + S0状態への失活や、逆反応である三重項三重項消滅(TTA)が一重項状態1(TT)の場合と比べてより抑制できると考えられる。そのため, 一重項分裂反応の応用のために, このスピン変換機構を理解することが重要である。 これまでに, 時間分解電子スピン共鳴計測により、五重項状態の形成を確認した。パルス電子スピン共鳴計測を用いて, スピン状態が五重項状態を形成していることを確認した[Nagashima et al., J. Phys. Chem. Lett., (2017)]。この成果を元に, 様々な五重項状態の電子スピン共鳴計測を行なった。横緩和時間T2は様々な一重項分裂反応材料において, おおよそ800ナノ秒程度であることが確認された。テリレンやクアテリレンの凝集体において, 五重項状態から2つの三重項状態への解離の速度が, 凝集構造に依存して変化することが見出された。この成果はThe Journal of Physical Chemistry Cなどにおいて発表した[Bae et al., J. Phys. Chem. C, (2020)].
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
本研究ではcw-電子スピン共鳴, パルス電子スピン共鳴による五重項状態の信号を観測し, それぞれをシミュレーションによって解析することを計画していた。cw-電子スピン共鳴の解析法についてはかなり進んでいる。しかし, 構造解析については, 現在プログラミングを進めている段階である。さらに新型コロナウィルスと緊急事態宣言によって, 出張が大きく制限された。分子科学研究所にて実験を行うことを計画していたが, その実験をすることはできなかった。そのため, 本研究を予定より一年延長し, 実験とプログラミングを進めたいと考えている。
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今後の研究の推進方策 |
3月に導入されたパルスEPR装置で実験を行うための, 実験環境の構築に取り組み, 時間分解電子スピン共鳴計測および, パルスEPR測定を行う。 これまで得た電子スピン共鳴スペクトルの結果については, Liouville-von Neuman方程式に基づいた, 理論的な解析を行う。 量子論的なスピンダイナミクスを計算して, スペクトルシミュレーションプログラムを作成して解析する.得られた時定数や緩和定数等を元に, 一重項分裂反応 におけるスピン変換機構を議論する.
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次年度使用額が生じた理由 |
本研究では外部の研究期間におけるパルス電子スピン共鳴計測を計画していた。しかし, 新型コロナウィルスの蔓延と緊急事態宣言によって, 計画していた分子科学研究所での実験ができなかったために, 次年度使用額が生じた。3月に千葉県のQSTにパルス電子スピン共鳴装置が導入されたので, そちらでパルス電子スピン共鳴計測を行おうと考えている。そのために必要な消耗品や旅費として, 次年度使用額分を当てたいと考えている。
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