研究課題/領域番号 |
19K15509
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研究機関 | 学習院大学 |
研究代表者 |
浅見 祐也 学習院大学, 理学部, 助教 (00726078)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2023-03-31
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キーワード | 気相 / 共鳴ラマン散乱 / ヘムタンパク質 / 深紫外励起 / 赤外レーザー蒸発 / 液滴 / 分子線 / 量子化学計算 |
研究実績の概要 |
タンパク質やDNAのような巨大生体分子の構造解析では、従来よりX線やNMRを用いる手法が一般的であるが、近年では一分子レベルでその構造や物性を議論する試みとして、気相中での物性測定に注目が集まっている。本研究では、最近開発した液滴分子線赤外レーザー蒸発気相共鳴ラマン分光装置にさらに改良を加え、高分解能のスペクトルを短時間で測定することを目指す。初年度には、これまで用いていたモノクロメータとホトマルでの分光・検出から、ポリクロメータとCCD検出器を用いた分光・検出に変更してミオグロビンヘムの気相共鳴ラマンスペクトルの測定を試みたが、実験条件を最適化しても顕著な信号は観測できなかった。そこで、次年度は分光器はモノクロメータに戻して、検出器のみホトマルからCCDに変更することを試みた。これにより、標的とするミオグロビンヘムの共鳴ラマンスペクトルを迅速に測定することに成功した。しかし信号強度が弱く、より高感度に観測する工夫が必要であることが分かった。そこで本年度は、標的とするタンパク質をシトクロムcに変更した。シトクロムcでは電子スペクトルを気相中で綺麗に測定できるため、励起レーザー光の波長を最適化しやすい。また観測されるヘム構造が1種であるため、シャープな振動構造を観測できる可能性が高い。さらに励起レーザー光のビームライン上で線状に放射される共鳴ラマン散乱光を効率的に分光器に導入し、且つCCD検出器で感度良く観測できるようにするため、分光器の手前にダブプリズムを導入して共鳴ラマン散乱光の像を90度回転させた。その結果、ミオグロビンに比べて高感度に共鳴ラマンスペクトルを取得することに成功した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
4: 遅れている
理由
液滴分子線赤外レーザー蒸発法を用いて、100uMシトクロムc水溶液からシトクロムcイオンを気相単離し、イオントラップ電極を用いて1価シトクロムc正イオンを選択的にトラップした。このシトクロムcイオンに可視レーザー光(370-401 nm)を照射して、気相シトクロムcイオンから解離したヘムイオン(m/z = 546)を利用して光解離スペクトルを測定した。その結果、シトクロムc の気相のSoretバンドと思われるシャープなピークが401.0nmに観測された。水溶液中ではシトクロムcヘム中にある鉄原子の価数は3価であることが分かっているため、気相中でも同様の価数の鉄原子が観測されると予想される。量子化学計算を用いて、シトクロムcヘムの安定構造を鉄原子が3価の条件で見積もったところ、その鉄原子の電子スピン状態が中間状態の時に実験値と計算値が最も一致することが分かった。通常、金属タンパク質中の金属原子の電子スピン状態は極低温に冷却されたESR分光法で決定される。しかし我々の実験条件では、イオントラップ中でトラップされたシトクロムcが室温付近まで冷却されるため、室温での電子スピン状態を議論できる。従って、室温で安定なシトクロムc中の鉄原子の電子スピン状態は中間状態であることが本研究で初めて明らかになった。この中間状態を示すヘムの微細構造を議論するため、励起レーザー光を401.0nmに固定して共鳴ラマンスペクトルの測定を行った。また分光器の手前にダブプリズムを導入することで、レーザービームライン上で線状に光る共鳴ラマン散乱光の像を90度回転させて高感度に気相1価シトクロムcの共鳴ラマンスペクトルを得ることに成功した。
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今後の研究の推進方策 |
本年度の研究でシトクロムcヘムの気相共鳴ラマンスペクトルをCCD検出器を用いて高感度に測定することに成功した。しかし、依然として観測した共鳴ラマンスペクトルはシトクロムcのSoret帯(可視光領域)励起のみであり、その他の波長領域での気相共鳴ラマンスペクトルの測定には成功していない。そこで研究期間をさらに1年延長して、深紫外から可視光までの幅広い領域でシトクロムcヘムを励起して、気相共鳴ラマンスペクトルの測定を行うことにした。特にタンパク質中の芳香族アミノ酸の電子吸収帯(260-280 nm, 220-230 nm)を励起した際の共鳴ラマンスペクトルや二次構造に由来する電子吸収帯(約200 nm)を励起した際の共鳴ラマンスペクトルにはタンパク質の主鎖に由来する構造情報が多く含まれている。従って、これらの紫外領域で気相共鳴ラマン分光を実現させることは、タンパク質の気相構造解析のレベルをヘムタンパク質から様々なタンパク質へ拡張させることに繋がるため、その研究意義は極めて大きい。 また本年度の研究で、使用する試料をミオグロビンからシトクロムcに変更することでかなり高感度に気相共鳴ラマンスペクトルを得られるようになった。そこで、使用する分光器の焦点距離をより長いものを導入することで、より高分解能で共鳴ラマンスペクトルを取得する工夫を試みたいと考えている。特に深紫外領域を励起することで得られるペプチド主鎖の構造を反映する共鳴ラマンスペクトルは、標的分子がタンパク質レベルとなると極めて複雑な振動スペクトルが得られることが予想される。この振動スペクトルを綺麗に測定するためには、この高分解能で共鳴ラマンスペクトルを得る工夫が必要不可欠になると考えられる。高分解能で共鳴ラマンスペクトルが測定された後は、速やかに量子化学計算を行い、気相1価シトクロムc正イオンの微細構造解析を行う予定である。
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