研究課題/領域番号 |
19K15519
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研究機関 | 東京工業大学 |
研究代表者 |
大曲 駿 東京工業大学, 物質理工学院, 助教 (20836473)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | 蛍光顕微鏡 / 原子間力顕微鏡 |
研究実績の概要 |
本研究は、結晶を粉砕した際に発光が伴う「トリボルミネセンス」という現象について、単一結晶レベルでメカニズムを解明することを目的としている。具体的な実験手法としては、蛍光顕微鏡と原子間力顕微鏡を組み合わせた装置を用いて、原子間力顕微鏡で数マイクロメートルサイズの単一結晶を粉砕し、その発光を顕微鏡で観察するというものである。最初に検討する材料には、既にトリボルミネセンスが報告されており、また発光スペクトルが特徴的で判別がしやすいEu錯体を用いた。 蛍光顕微鏡と原子間力顕微鏡で結晶を測定したところ、蛍光顕微鏡像と原子間力顕微鏡像は良い一致を示した。また、発光スペクトルも同様にバルク(集合体)のスペクトルとよく一致し、目的の結晶が出来ていることが裏付けられた。しかし、結晶は粉砕されたものの、トリボルミネセンスは観測されなかった。具体的には、結晶は急激な破断が起こるのではなく、徐々に結晶が掻き分けられるように粉砕されていた。このことは、トリボルミネセンスには急激な破断が必要であることを示しており、これまで提唱されていたメカニズムの条件に一致している。また、二つの可能性が示唆された:1.急激な破断が起こる結晶方位で粉砕しなければトリボルミネセンスが観測されない、または2.破断そのものにサイズの下限が存在する。 また、以前の報告でEuとTbを混合したものは、EuまたはTb単体のものと比べてトリボルミネセンスの挙動が異なることが知られているからである。Tb錯体では、Eu錯体と異なり、Tbから配位子への「逆エネルギー移動」が生じることが知られている。この影響を理論的に検討したところ、そもそもTb錯体のような「逆エネルギー移動」が進行する系では、発光効率が測定方法で値が変わってしまうことを明らかにした。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
本研究の目的では、単一マイクロ結晶のトリボルミネセンスを観測し、粒径依存性や電圧印加下での発光強度を検討するはずであったが、結晶の粉砕が出来ても発光は観測されなかった。そのため、本来計画していた研究計画とは別の検討方法が必要となり、研究の進行が遅れることとなった。 ただし、結晶が実際に粉砕できるということは技術的に極めて有意義な事実である。原子間力顕微鏡で実際に結晶が粉砕できるかという疑問点は、研究ディスカッションでも頻繁に質問され、回答としては「やってみないとわからない」ことであったが、今回の粉砕の成功は技術的に可能であることを初めて実証した例であり、測定方法としての有用性を裏付けるものとなっている。この点は本研究の前提に関わる事であり、極めて重要な結果である。また、発光しなかったという実験事実も学術的に有意義な知見である。 また、「逆エネルギー移動」が進行する希土類錯体における発光効率測定の妥当性に関する理論研究はこれまで希土類錯体では予想されなかった新しい知見である。この研究は実際に学術論文として報告している。本研究の目的を考慮した時、「逆エネルギー移動」が進行するTbと進行しないEuを混合した錯体のトリボルミネセンスと光励起の発光とでは挙動が異なる理由を解明する為にも重要な知見になると期待される。
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今後の研究の推進方策 |
今後の方針はまずトリボルミネセンスを観測することにある。マイクロ結晶を基板上で転がして、圧力を印加する結晶方位を変える方法を検討する。これによって、トリボルミネセンスの優位な粉砕方位を明らかにする。また、その方位と結晶構造の関係性についても明らかにする。 また、マクロ領域においても、結晶サイズの大きい単結晶(目標ミリメートル単位)を用いて、粉砕方向と発光強度について検討する。この結果とミクロ領域の結果を比較し、相違点・共通点を明らかにし、メカニズム解明のために必要な知見を得る。
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次年度使用額が生じた理由 |
初年度では、単一結晶を粉砕するのに使用する原子間力顕微鏡のカンチレバーが複数種類必要である上に、消耗が激しいと考えたため、その為に予算を必要としていた。しかし、実際には結晶を粉砕するのに十分な圧力(100マイクロN程度)を印加できるカンチレバーは一種類しかないことが判明し、これが最も硬いカンチレバーであったため消耗が予想ほなかった。なお、このカンチレバーは5個入りで30万円程度ある。また、本来はITO基盤の購入を予定していたが、実績の通り発光は未だ観測できていない為使用する機会が無かった。対物レンズも消耗しなかったため、購入を控えた。 次年度では、マクロ領域のトリボルミネセンスを測定するために必要なファイバーCCDカメラ分光器(Y. Hirai et al., Angew. Chem. Int. Ed. 2018.の測定法)の購入を考えている。この装置は本来の予定ではないが、基礎物性や、マクロとミクロのトリボルミネセンスを比較する上で大変有用である。
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