本研究では求核的な金属中心と求電子的な配位子との協同作用を生かした新規素反応過程ならびに触媒反応の開発を目指し、検討を行った。今回、配位子上のπアルケンが求電子部位として作用することを期待し、P-πアルケン-Pピンサー型配位子を有する1価のクロロロジウム錯体を新たに合成し、その反応性を探索した。πアルケンへの付加を期待し、種々の求核剤を反応させると、アルコキシドやフェノキシドなどの強塩基を作用させた際に求核剤の付加ではなく、πアルケン部位のアリル位の脱プロトン化が起こり、P-πアリル-Pピンサー型配位子を有するロジウム錯体が生じた。また、上記の反応をベンゼン中で行った場合にはベンゼンのC-H結合活性化が進行し、(P-πアルケン-P)フェニルロジウム錯体が生じることが明らかとなった。重ベンゼン中で反応を行った際にπアルケン部位のアリル位に重水素が導入されたこと、πアルケン部位にアリル位水素が存在しない配位子を用いた場合にはC-H結合の活性化が全く進行しなかったことから、配位子のアリル位の脱プロトン化によって生じたP-πアリル-Pピンサー錯体が活性種となり、ベンゼンの活性化が進行したものと考えられる。本素反応過程は中心金属であるロジウムの価数が反応前後で変化せず、形式上ベンゼンの脱プロトン化による1価フェニルロジウム種の発生に相当し、前例の少ない素過程である。これを支持配位子のπアルケン/πアリルの動的な相互変換挙動を活用して実現できた点は興味深い。また、本素反応過程は当初期待したような配位子への求核剤の付加とは異なるものの、求核的な素過程である脱プロトン化を契機として進行しており、本研究課題における配位子設計が重要であることを示す結果である。
|