本研究は、複核d8金属錯体のMMLCT(Metal-Metal-to-Ligand Charge Transfer)励起状態を活用した光触媒的有機分子変換反応の開発を目的とする。これまでに、Half-lantern型二核パラジウム(II)錯体を光触媒として用いる炭化水素類の可視光駆動型C-H結合塩素化反応を見出している。最終年度である2023年度は、種々の実験および量子化学計算に基づき同反応の機構調査を行った。 [1]ベンゾ[h]キノリンのC(sp2)-H結合塩素化反応:触媒サイクルの鍵過程である、二核パラジウム(II)錯体の可視光励起による塩素引き抜き反応について、DFT/TD-DFT法による中間体および遷移状態の解析を行った。この際、窒素雰囲気下ではベンゾ[h]キノリン配位子を有する二核パラジウム(II)錯体の励起三重項状態が、また空気下では同錯体の一電子酸化種が、それぞれ塩素原子を引き抜くと想定した。各々の遷移状態を最適化した結果、いずれの場合も低い活性化エネルギーが計算され、反応が室温で進行することが示唆された。 [2]8-メチルキノリンのC(sp3)-H結合塩素化反応:昨年度実施した条件検討より、本系に光増感剤としてトリスビピリジンルテニウム(II)錯体を添加すると、反応が大幅に促進されることが分かっている。その添加効果について調べた結果、(i)ルテニウム錯体のりん光が8-メチルキノリン配位子を有するパラジウム(II)錯体の添加により消光を受けること、(ii)ルテニウム錯体の励起状態の酸化力はパラジウム(II)錯体を一電子酸化するに十分であること、(iii)より励起エネルギーの高い光増感剤を用いても促進効果が得られなかったことから、本反応では主として光誘起電子移動機構によって反応が促進されることが示唆された。
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