キチンは窒素原子を含む糖の高分子であり、含窒素有機化合物の原料としての利用が期待される。しかし、キチンを出発物質とした有用化学品への効率的な変換は達成されていない。これは糖の化学的な不安定さが原因であるが、従来は糖を出発物質とした変換法の開発が行われてきた。そこで、本研究では糖を水素還元することによって得られる糖アルコール2-アセタミド-2-デオキシソルビトール(ADS)を出発物質とした有用化学品の合成経路の開拓を行った。まず、医薬品やポリマーの原料となる2-アセタミド-2-デオキシソルビトール(ADI)の合成を、ADSの酸触媒による分子内脱水縮合反応により行った。ADSに対して触媒量のトリフルオロメタンスルホン酸を用いて反応を行い、ADIを最大33%の収率で得た。収率が上がらない理由を明らかにするために量子化学計算を行ったところ、ADSのアセトアミド基の酸素原子が酸のプロトンを捕捉するため、ADSの分子内脱水縮合反応には大量の強い酸が必要であることがわかった。そこで、プロトンの捕捉を阻害するために酸素との親和性が高いルイス酸を添加し、ブレンステッド酸と組み合わせて反応を行ったところADIの収率は40%まで向上した。続いて、ADIの誘導体として、炭酸ジメチルとの反応によりポリウレタン前駆体である2-アセタミド-2-デオキシイソソルビド-5-イル メチルカルバメート(AD5M)を合成した。反応条件の検討の結果、ADIのエステル化は塩基触媒の添加により促進され、反応温度が150 °Cのとき高収率でAD5Mが得られることが分かった。特に、炭酸水素カリウムを塩基触媒として用いた場合、収率83%でAD5Mを得た。以上より、キチン由来の糖の誘導体であるADSを出発物質とした有用化学品への反応経路を考案し、ポリウレタンの原料となるAD5Mの合成を達成した。
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