本研究では、高分子材料の破壊・疲労・劣化現象の機構解明に適した機能(室温不可逆性、可逆性の光制御、高感度検出)を有するメカノプローブ(MP)の開発を目的としている。このMPは熱安定だが力・光応答性のOvercrowded alkene (OA)、蛍光性で電子不足なPerylene diimide (PDI)、電子豊富なPeryleneで構成される。力がない場合、PDIとPeryleneが電荷移動(CT)相互作用を形成してPDIの蛍光は消光する。力を加えるとOAが異性化してCT相互作用が解離し、PDI蛍光が生じる。OAの異性化は熱不活性である一方、適切な波長の光を照射することで可逆的に制御でき、MPを元に戻すこともできる。 最終年度は、初年度に引き続きMPの合成に取り組んだが、MPの単離には至らなかった。一方、本OAの分子スイッチとしての興味深い特性を見出した。光可逆的にtrans←→cis異性化する分子スイッチの中でも、アゾベンゼン(AB)は容易に合成でき、構造が大きく変わることから、広範な分野で最も利用されている。本OAは、ABと同等以上のいくつかの特性を示した。まず、市販品から2段階で容易に合成でき、理論計算からはABよりも大きな構造変化を示すことがわかった。さらに、ABの応用上の重大な問題に室温でも進行するcis体からtrans体への熱異性化(半減期:~数日)があるが、本OAのcis体は室温半減期が約1000年と極めて熱安定であることも明らかとなった。光異性化率についても、ABのtrans→cisが約80%、cis→transが約90%に対して、本OAのtrans←→cisはともに約90%であった。以上のように、本OAは分子スイッチとして優れた特性を有し、AB以上に様々な分野での利用が期待される。実際に、直鎖状高分子の主鎖に導入したところ、溶液中では高分子構造を、バルク状態では熱物性(ガラス転移温度)を大きく変化させることができた。
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