本研究では、1つの細胞が2つの娘細胞へ分かれるダイナミックな生命現象である「細胞分裂」に着目し、これを光などの外部刺激で操作するための新たなケミカルツールを開発することを目指した。細胞分裂の中でも、遺伝情報の発現や伝達などの役割を担う染色体のダイナミックな動きや、細胞質が分裂する際のくびり切り運動を、外部刺激に応じて自在に操作する技術の開発を検討した。 前年度までに、細胞系で染色体の動きを光操作する手法として、CENP-E(Centromere-associated protein E)のアリルアゾピラゾール型阻害剤を開発した。紫外光と可視光を駆使することで、cis-trans光異性化反応を誘起し、細胞群における染色体の動きを操作できた。しかし、この化合物では、細胞内の局所な領域など、一部の染色体の動きをピンポイントに制御することは困難であった。 今年度は、コロナ禍の影響もあり、研究活動が停止した時期もあったが、次のような検討を行った。前年度に得た阻害剤の構造をさらに誘導体化することで、可視光のみでCENP-E活性を制御できる光制御型CENP-E阻害剤の開発を行った。その結果、可視光照射によってCENP-E活性を制御でき、共焦点レーザー走査顕微鏡による局所的な光刺激システムと組み合わせることで、一細胞内の一部の染色体のみを配置異常にできた。また、これと並行して、細胞質のくびり切り運動を制御するミオシンの外部刺激応答性阻害剤の開発を行った。代表的なミオシン阻害剤であるブレビスタチンを基盤とした阻害剤の誘導体化を種々検討した結果、光刺激による制御は困難であったものの、還元性刺激に応答してミオシン活性を制御できる新たなミオシン阻害剤の開発に成功した。これを利用し、還元性刺激を任意のタイミングで与えることで、細胞質のくびり切り運動を阻害し、多核化した細胞を誘導することができた。
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