研究課題
近年、腸内細菌はヒトの健康状態に大きな影響を与えるひとつの因子としての存在意義が明らかとなり、社会的に注目を集めている。腸内細菌叢は生涯を通じて変化し続けるが、なかでも特徴的なのは、ヒトの乳児腸管内にのみ形成されるビフィズス菌優勢な腸内細菌叢、すなわちビフィズスフローラである。申請者はこれまで「ヒト乳児においてビフィズスフローラが形成される仕組み」の解明に関する研究に携わってきたが、本研究では、その次の課題として「ビフィズスフローラ形成のヒトにおける生理的意義」を、脂質代謝を基軸として理解することを目的とする。人乳にはおよそ3~4g/10gほどの脂質が含まれており、その主たる役割は乳児のエネルギー源としてである。しかし、その脂質画分には様々な分子種が含まれていることからも、単純なエネルギー源としてだけでなく、なんらかの生理機能を有することが推察される。本研究で特に注目しているのが、必須脂肪酸のひとつリノール酸である。近年、リノール酸の水和物である10-ヒドロキシ-cis-12-オクタデセン酸(HYA)に腸管バリア機能を高める作用があること、また血糖上昇を抑制する作用があることが明らかとなった。このような報告を受け、申請者は母子1組より採取した母乳および乳児糞便を解析したところ、乳児糞便にのみHYAが検出された。また、乳児糞便より単離されたビフィズス菌にin vitroでのHYA産生能があることも併せて確認した。そこで本申請課題では、多数の母子ペアサンプルを使用して、HYAとビフィズスフローラの相関を解析するととともに、ビフィズス菌によるHYA産生誘導条件を探索する。その成果は、ヒトとビフィズス菌の共生・共進化を解明するのみならず、より人乳に近い調整乳の開発に繋がるであろう。
3: やや遅れている
当初の計画通り、複数の母子ペアから母乳及び乳児糞便のセットを回収した。両サンプルより脂質抽出を行い、GC/MSによりリノール酸、オレイン酸、HYA、およびHYBの測定を行った。その結果、母乳中のリノール酸とオレイン酸の存在比は、サンプル(母乳)間に大きな違いが無いことが分かった。また、予備実験で初めて見出された乳児糞便中におけるHYAの存在についても、大部分のサンプル(乳児糞便)に共通して検出されることが確認された。一方で、組成が安定している母乳に比べ、乳児糞便中の脂肪酸はサンプル(乳児糞便)間で大きなが差があることが明らかとなった。このことは、類似した組成の母乳を飲んていても、排出されるまでの条件(環境中)で起こる分子の変換は個体によって差があり、それは腸内細菌の影響を強く受けていると推察された。そこで、これらの定量結果を基に、元の母乳に含まれるリノール酸からHYAへの変換効率と、オレイン酸からHYBへの変換効率を算出した。同時に、乳児糞便サンプルからは腸内細菌ゲノムDNAを抽出し、16Sメタゲノム解析からそれぞれの菌種の菌数を割り出し、HYAおよびHYB変換効率との相関を解析した。その結果、HYA変換効率と最も強く相関するのがビフィズス菌数であることが明らかとなった。今後、サンプル数を追加することで、データの裏付けを進めていく。本年度は、申請者が産休・育休を取得したため、研究が短期間となったため、サンプル数が十分ではなかったものの、研究計画通りの解析を実施することができた。
前年度と同様、母乳及び乳児糞便セットの解析については、サンプル数を追加することで、より信頼性の高いデータとする。同時に、リノール酸→HYA変換活性をすでに確認したB. longumおよびB. breve株について、水和酵素の候補遺伝子をクローニングし、大腸菌発現系より精製する。in vitroで本変換反応が起こるかを検討し、菌レベルでみられた活性が候補遺伝子由来酵素によるものであるかを確認する。水和酵素が確定された場合、ビフィズス菌による変換反応が促される環境の探索、すなわち水和酵素発現が誘導される条件を検討する。また、ビフィズス菌が、リノール酸→HYA変換酵素を保存している(と同時にそれ以降の変換酵素は保持されていない)のは、本反応がビフィズス菌自体にとっても必要である可能性、あるいはヒトとの共生の中で獲得された可能性が考えられ、ヒトとビフィズス菌の共進化を理解するうえで興味深い。まず、前述した研究計画で用いるB. longumおよびB. breve株について、リノール酸や他の母乳中の脂肪酸を添加した場合、および母乳や人工乳を培地とした場合に、水和酵素の発現レベル変化をRT-PCRにより測定する。同時に、リノール酸およびHYAの有無がビフィズス菌自体に及ぼす影響についても注目する。さらに、他の乳児型ビフィズス菌と成人型ビフィズス菌、ヒト以外のビフィズス菌種・株間での違いがあるかを検討することで、上記した共進化の一端を理解することにつながると考えられる。
令和元年8月~令和2年3月の期間、産休・育休を取得した。サンプル収集や解析に必要な物品は、予備実験の際に準備してあったため、そちらを使用した。来年度、継続して解析を進める際に、繰り越した研究費を使用する予定であり、研究計画の内容に変更はない。
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