研究課題
本研究は哺乳動物におけるエネルギー変換を担うFoF1ATP合成酵素の構造について精緻に明らかにし、エネルギー変換機構の解明を目指すものであるが、本研究の成功の鍵は、安定で無傷なFoF1ATP合成酵素を精製することである。そのために、まずウシ心臓の鮮度が高いうちにミトコンドリア内膜を抽出し、そこから本酵素を可溶化し精製する必要があり、申請者は本研究の拠点に近い施設から、屠殺直後のウシ心臓を調達するルートを構築した。また本酵素の精製方法としてはイオン交換クロマトグラフィのようなアフィニティカラムを使った精製方法が一般的であるが、本酵素は回転を伴い極めて柔軟性が高く、単量体あたり29個ものサブユニットで構成される本酵素は、サブユニットが解離しやすいことで、精製過程において膜間ドメインから解離を始めてしまうことがわかった。このイオン交換クロマトグラフィは、精製純度の向上には有効であるが、イオン交換樹脂との相互作用によって酵素本来の構造に負担をかけ、本酵素の劣化を招いていると考えられる。これに対し、申請者は蛋白質に負荷のかからない密度勾配遠心分離法による精製方法を開発し(カラムフリー精製)、この精製方法で得られたサンプルに対し予備的なクライオ電顕観察を行ったところ、長時間安定かつ完全で均一な像を確認でき、クライオ電顕による高分解能単粒子解析に値する試料調整が可能であることが判明した。また、三次元結晶化のためには、高濃度の試料を必要とするが、本酵素は通常の方法では濃縮が困難な膜蛋白質であることがわかった。そこで、大量の試料を分離できる遠沈管を用い、遠心分離の条件を工夫することで本酵素のみを高濃度に分離できる方法を開発した。このカラムフリー精製は、サブユニットが解離しやすく濃縮が困難であるという問題がしばしば起きる哺乳動物の膜蛋白質の結晶化において共通して有効であると考えられる。
3: やや遅れている
令和元年6月に出産し、産休・育休を取得している。出産・育児により、体力的、時間的に出産以前と同様には研究に取り組めないため。
FoF1ATP合成酵素全長の安定で無傷な精製標品を得るため、精製方法の最適化を継続する。次に三次元結晶化に取り組む。ここでは、結晶化条件を多数検索することのできる蒸気拡散法を用い、蛋白溶液中の溶解度を下げ、蛋白質を結晶化させるために、沈殿剤(PEG, MPD, アルコール類等)、塩(KCl, MgCl2等)pH等を幅広く検索する。また、結晶化温度については、FoF1ATP合成酵素が安定に存在する条件を選択する。そのために、各温度に設定した試料について、FoF1ATP 合成酵素の状態の経時変化をネイティブ電気泳動、および電子顕微鏡を用いて確認する。また結晶品質の向上には、添加物の検討、沈殿剤の濃度の最適化等を行う。こうして得られる三次元結晶は、再現性良く大量に作製する。なぜなら、X線構造解析において、一つの結晶では弱い回折強度を、複数の結晶から得られる回折強度のデータを積算することで補うためである。並行して、X線回折実験を行うために結晶のクライオ条件(抗凍結剤の種類、濃度、ソーキング時間等)を検討する。
令和元年6月の出産に伴い、産休育休を取得し、実験に取り組むことができなかったため。今後、精製方法の改善を目指し、条件検討を繰り返し行うため、精製に必要な界面活性剤、試薬等を購入する。精製各段階における安定性と純度の確認には生物化学的検証(クリアネイティブ電気泳動、SDS電気泳動、ウェスタンブロッティング、ATP合成活性測定)と生物物理学的検証(動的光散乱法(DLS)、試料のネガティブ染色による電顕観察(透過電子顕微鏡(TEM)) を行うため、必要な装置、試薬の購入、実験出張費を必要とする。また、並行して結晶化条件検討を行う。そのために必要な結晶化プレート、沈殿剤、結晶化キットを購入する。
すべて 2019
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Nature communications
巻: 4341 ページ: -
https://doi.org/10.1038/s41467-019-12331-1