細胞膜におけるリン脂質の変化に着目して解析を行ってきた。2020年度までの解析から、細胞外の人工のトランス脂肪酸(エライジン酸)の濃度を高めた際には、エライジン酸が結合したリン脂質分子種が産生されることで細胞膜に存在する他のリン脂質分子種の含有量が変化し、細胞機能の障害が起こる可能性を示した。そこで2021年度では、エライジン酸が結合したリン脂質分子種が産生されることで、他のリン脂質分子種の含有量が変化する機序を明らかにしようと試みた。 まず、特定の脂肪酸のリン脂質への結合がエライジン酸によって競合的に阻害されることで、リン脂質分子種の含有量が変化した可能性を考えた。しかし、細胞内にエライジン酸が存在しても特定のリン脂質分子種の含有量が変化しない場合があり、エライジン酸が他の脂肪酸のリン脂質への結合を阻害する事で特定のリン脂質分子種の量が変わる可能性は低いと考えられた。 次に、脂肪酸やリン脂質の合成に関わる経路に何らかの影響を及ぼしている可能性を予想した。マイクロアレイ解析を行ったところ、細胞外のエライジン酸濃度を高めた細胞ではコントロール細胞と比べて発現量が増減した遺伝子が数百個検出され、それらの遺伝子についてエンリッチメント解析を行ったが脂肪酸やリン脂質の合成に関わる変化は検出されなかった。そこで、脂肪酸合成に関わる分子について見たところ、細胞外のエライジン酸濃度を高めた細胞では、コントロール細胞と比べて特定の遺伝子の発現量に僅かな差があることが分かった。一方、この遺伝子の発現量の変化は、細胞外の飽和脂肪酸(ステアリン酸)の濃度を高めた細胞では見られなかった。今後、遺伝子の過剰発現や発現欠損の実験系を構築し、上記の遺伝子の発現量の変化とエライジン酸が引き起こす細胞機能障害との関係を明らかにする予定である。
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