本年度は新たな認知機能障害モデルを作製し、本モデルを用いた認知機能障害の病態メカニズムの探索を行った。認知機能障害はスコポラミンの慢性投与によって誘導し、認知機能評価はバーンズ迷路試験によって実施した。認知機能は記憶の固定化、保持、想起の三段階から構成される。バーンズ迷路試験において、記憶の固定化を行った後にスコポラミンを慢性投与することで、記憶の保持ならびに想起が障害されることが確認された。記憶の保持や想起といった認知機能障害が誘導されるメカニズムを明らかにするために、本モデルの海馬を用いてトランスクリプトーム解析を実施した。トランスクリプトーム解析の結果から、Acute inflammatory responseやRegulation of cytokine secretion、Regulation of immune responseといった炎症反応に関わる生物学的プロセスに影響が現れていることが確認された。これまでの本事業の研究成果より、ニューロンの軸索を覆うことで神経伝達効率を制御するミエリンの機能が、記憶のメカニズムに密接に関わる可能性を明らかにしている。一方で、このミエリンが、神経炎症時に産生される炎症性サイトカインによって分解(脱鞘)されることで脳機能障害が誘導されるという可能性が他研究グループから報告されている。以上を踏まえ、スコポラミン慢性投与は海馬における神経炎症を介して、記憶の保持や想起といった認知機能を障害させる可能性が示唆された。本研究より、認知機能の維持にミエリンの機能が関わるという「ミエリン仮説」を補強する成果が得られた。
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