蚊の吸血行動は、感染症の原因となる病原体伝播の根源となる行動である。また数分の吸血行動の前後で蚊が吸血標的に対して誘因と忌避という真逆の行動を示す点で、神経行動学的に興味深い。吸血前に吸血標的へと蚊が誘引される機構の研究は盛んである一方、血の味覚受容による吸血開始・吸血飽和状態の感知・吸血停止に関しての研究は遅れており、分子基盤の解明が求められている。本研究ではこれら吸血行動の分子基盤の解明を目指した。 2020年度の研究より、解析を進めていた味覚受容体Gr5に加えて、複数の味覚受容体が吸血に関与する可能性が示唆されていた。今年度はそれら味覚受容体の機能欠損ネッタイシマカの作製を試みることで、血液受容の分子機構を詳解することを目指した。6遺伝子の味覚受容体の変異体を各々2系統以上作出し、行動実験を一部で開始した。その結果、血液の吸血促進成分であるATPの受容には、Gr5に加えて、Gr4やGr6も必要であることが明らかとなり、血液受容は複数の味覚受容体が協調的に行なっていることが予測される。Gr4やGr6は、ショウジョウバエでは糖の受容に関与することが示されているため、糖とATPの受容機構には相互作用があることが予測される。今回作製した変異体群を用いた摂糖・吸血行動の解析によって、詳細が明らかになると考えられる。尚、Gr5変異体で摂糖行動を解析したところ、スクロースやグルコースの摂取には異常をきたさなかったが、トレハロースの摂取量が特異的に増加するという結果を得られた。加えて、Gr5を発現する神経の可視化や活性操作を目指して、トランスジェニックネッタイシマカの作製を試み、一部のツールの作出に成功している。引き続きツールの作製を行い、神経の人為的操作を行うことで、吸血行動への影響を検討する予定である。
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